「アメリカ横断ウルトラクイズの各大会の詳細」の版間の差分

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'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''
 
'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''
* '''機内1位''' : '''北川宣浩'''(東京都出身・26歳・グァムにて敗退)
*: [[広告代理店]]勤務。第2回に続いて、2度目の機内1位。
 
'''優勝賞品'''
* '''1人乗り小型[[飛行機]]''' (第8CPアルバカーキにて発表。最新型の飛行機と紹介された。上田は機名を「スピリットオブ[[市川市|イチカワ]]」と命名。[[モハーヴェ空港|モハーベ空港]]にて贈呈。部品の状態で渡され、自分で組み立てなければならなかった)
* '''機内1位''' : '''[[道蔦岳史]]'''([[神奈川県]]出身・No.69・19歳・メンフィスにて敗退)
*: [[東京学芸大学]]の学生。「学生クイズ王」として名を馳せており、多くのチェックポイントでトップ通過を繰り返し優勝候補と呼ばれていたが、ラスベガスの3択クイズではラスト通過であり、同じ3択クイズのメンフィスで、[[エルヴィス・プレスリー]]に関する問題を多く集めたクイズでライバル(機内2位の[[慶應義塾大学]]の学生)共々敗退した。
 
'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''
成田第二次予選ではクイズ(ただしジャンケンで3勝した挑戦者が解答権優先)が行われた。ルートはアメリカのみだったが、常夏のサイパンから極寒のアラスカへと駒を進めるといった工夫がなされた。'''[[双生児|双子]][[神経衰弱 (トランプゲーム)|神経衰弱]]クイズ'''が初登場。準決勝参加者が5名だった唯一の大会である<ref>人数の合計では、北米、南米各3人、計6人だった第10回の準決勝が最多だが、1都市で開催された準決勝の参加人数としては最多。</ref>。
 
今大会から早押しクイズの[[効果音]](解答権取得・正解・不正解)が[[ビープ音|アナログ音]]から[[電子音]]に変更された。勝ち抜き時の万歳三唱もこの大会から定着する。また第一次予選第1問正解発表後、放送では福留(福澤)の解説にBGM(主にアメリカ[[国歌]]『[[星条旗 (国歌)|星条旗]]』<ref>第9回は決勝地がパリなので、フランス国歌『[[ラ・マルセイエーズ]]』。</ref>)と解説場面を放送するのが、この回から始まった。この他、罰ゲームのパートでは手書き風による「罰ゲーム」テロップ<ref>それまでのテロップはゴシック体で表示されていた。</ref>が表示さた。
 
司会の福留が旅の途中で[[食中毒]]になったこと<ref>第7チェックポイントの[[ダラス]]でのクイズ終了後に[[農薬]]の付着した[[ブドウ]]を水洗いせず、皮ごと食べたため。福留がホテルから救急車で病院に運ばれる姿は挑戦者にも目撃された。福留は予定より1日遅れで復帰したものの体調が万全ではなかったため、第8チェックポイントの[[ニューオリンズ]]では福留の姿はカメラにほとんど映されなかった。</ref>や、制作費の一部を持った[[アシスタントディレクター|AD]]<ref>後に、第11回〜第15回と"今世紀最後"の総合演出を担当することになる日本テレビ・加藤就一。</ref>が[[強盗]]に襲われ、またそのADが優勝賞品の旅行のロケに同行中に体調を崩し<ref>香港投宿時から体調不良であった。</ref>、帰国後[[赤痢]]に感染していたことが判明、本人と優勝者らが保健所に行く事態になるなど事件が多発したことから、福留自身「'''呪われた回'''」と述べている<ref>『ウルトラクイズ伝説』p.146 - 162</ref>。
* '''機内1位''' : '''石倉由美子'''(東京都出身・No.90・25歳・モニュメントバレーにて敗退)
*: [[大田区役所]]勤務。女性で初の機内トップ。モニュメントバレーにて同じ区役所に勤務する女性とともに敗退した。
 
'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''
* '''機内1位''' : '''道蔦岳史'''(神奈川県出身・東京都在住・No.28・22歳・ハワイにて敗退<ref name="ultraquiz8" />)
*: 第5回に続き2度目の機内1位を達成するが、ハワイの綱引きクイズでは解答権を取ることなく敗退した。現在はクイズ作家(今世紀最後ではクイズ作家のひとりに名を連ねた)。
 
'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''
'''決勝戦進出者・機内1位'''
* '''クイズ王''' : '''金子孝雄'''(東京都[[港区 (東京都)|港区]][[芝浦]]出身・No.73・20歳・機内31位)
*: [[埼玉大学]]クイズ研究会所属。同研究会全員でウルトラクイズに参加することになったため参加したものの、大半の参加者が間違えた第一次予選の3問目で「うっかりしていて、みんなとはぐれてしまい」、結果勝ち残ることとなる<ref name="KANEKO">{{Cite news|url=http://kitagawa.tv/quiz/quizou/quizou09.htm|title=なぜか優勝……………………第9回/金子孝雄|publisher=北川宣浩のホームページ--QUIZ|accessdate=2017-09-06}}</ref>。愛称は、顔が似ていることから「'''[[林真理子]]'''」、ヨセミテの大声クイズでの絶叫フレーズも林真理子にされた。優勝時の年齢が歴代最年少。成田ではじゃんけんに1度も勝てず敗退するも、「お母様が梅干しや目覚まし時計やインスタントラーメンを作る電熱器まで詰めてくれた」ため、荷物が重い方から順に解答席につけるという敗者復活戦ルールが幸いし、敗者復活<ref name="KANEKO"/>(を経験した初の優勝者となる)、アルバカーキのバラマキクイズではハズレを何度も引き当てた結果、背後に次の回答者(後楽園の敗者復活者。そして直前に林真理子に関する問題を出題されたが誤答した)が迫り間違えれば敗退確実という状況でのラスト抜け、アトランティックシティではクイズの正解数は15と最多ながら、[[ブラックジャック]]でカードに恵まれずドボン(バスト)を3回連発し本戦敗退するも敗者決定戦のスロットマシーンでじゃんけんに勝ち後攻を選び777を出し勝利、ドーバーでも最後に通過したためドーバー横断○×クイズでは座席が残った側の飛行機に乗り結果正解するなど運に恵まれた部分もあった。ロサンゼルスの3択クイズでは「昔からテレビばかり見ていた(中略)テレビっ子のぼくにはピッタリの問題」だったこともあり同率でトップ通過、アナポリスでは本人曰く「ファミコンで指先を鍛えてあった」ことが幸いし早々にトップ通過<ref name="KANEKO1">{{Cite news|url=http://kitagawa.tv/quiz/quizou/quizou09-01.htm|title=なぜか優勝……………………第9回/金子孝雄(2)|publisher=北川宣浩のホームページ--QUIZ|accessdate=2017-10-09}}</ref>などもあったものの、福留からはそのアナポリス以外は「超低空飛行」「運が彼をパリまで連れて来た」と評され、ロンドンで「『[[リア王]]』の悲劇の舞台で、ロンドンの海の玄関口ともなっている港は?」という問題に「[[真珠湾|パールハーバー]]」と解答した際には(正解は[[ドーバー]])福留に頭を押さえつけられながら叱られたり、スタッフからも「今年は知力には期待してない、体力でがんばってくれ」と言われていた<ref name="KANEKO1"/>。ドーバー海峡横断◯×クイズで正解を見た後は疲労から機内で睡眠。優勝後には「'''やりました、お母様!勝ってしまいました!'''」と叫び、トロカデロ広場の噴水に入り喜びを表したが、噴水に入ったのはスタッフに促されたためで、本人は嫌だったが仕方なく入ったとのこと<ref name="KANEKO2"/>。本放送のスタジオ収録で優勝者紹介の際には、「お母様」と父も出演した。第9回本放送終了の翌週の『[[ザ・トップテン]]』に福留と共に出演し(ただし新聞には記載なし)、[[近藤真彦]]との早押し対決が企画された(実際の早押しハットやテーブルなどの機材を持ち込んでの3問勝負。結果は金子は誤答し、近藤が1問正解で勝利)。
* '''準優勝''' : '''長谷川威夫'''(東京都[[杉並区]]出身・No.77・23歳・機内10位)
*: リクルートフロムエー(現リクルートジョブズ)の[[営業職|営業マン]]。勤務先が発行していた「週刊就職情報」の名前が記載された法被(別の機会には「[[FromA]]」の名前入りTシャツを着用)姿でクイズに臨むなどしていたこともあり、同誌の[[コマーシャルメッセージ|コマーシャル]]のキャッチフレーズ「ヤリガイ満々」から「'''ヤリガイ'''」と呼ばれていたが、グァム・ハワイでの体たらくから「'''バカガイ'''」とも呼ばれるようになった。そのグァム・ハワイでは連続で敗者復活。特に2択3択の選択問題に強かった。一方で体力系のクイズではアルバカーキでは思考力が鈍って、「[[北ヨーロッパ|北欧]]の料理、[[スモーガスボード]]にヒントを得て日本で始められたのは何料理?」という問題に対し「[[ちゃんこ|ちゃんこ鍋]]」というとんでもない誤答をし(正解は[[食べ放題|バイキング]])福留に窘められ、解答までに時間がかかったりほてった体を冷やすために頭から水をかぶる、ニューヨークのマラソンクイズでは敗者とのラスト抜け争いとなり誤答・キャンセルの連続でなかなか決着をつけられず、敗者が誤答ペナルティで解答席を離れた間に通過を決めるなど苦戦し、またドーバーでは3番目に通過した時点で、続くドーバー横断○×クイズにおいて自らの予測した解答と違う側の飛行機の座席しか残っておらず嫌々乗り込んだもののそちらが正解であったりと運で勝ち上がった面もあった。
* '''機内1位''' : '''永田研自'''([[大阪府]]出身・神奈川県在住・No.8・19歳・ハワイにて敗退)
*: 早稲田大学の学生で、同大学のクイズ研究会所属。ハワイで後にオーランドまで勝ち残った挑戦者に敗退。ハワイでは機内2位の東大の学生も社会人挑戦者(運輸省職員、第8・11回ではグァムで敗退している)に敗北したほか、機内3位の男性もグァムで敗退し、機内ベスト3全員がアメリカ本土に上陸できなかった。
 
'''優勝賞品'''
* '''機内総合1位''' : '''山本道夫'''(茨城県出身・No.25・35歳・南米ルート・リオデジャネイロにて敗退)
*: 結城病院勤務で、成田空港以降クイズの際には病院名が記されたシャツを頻繁に着用していた。第二次予選の腕ズモウで敗退したものの「敗者復活なぞなぞ団体戦」で、同グループにいた挑戦者が正解し敗者復活。第1CPでは○機に搭乗して合格し、その後も全般的に安定した実力で勝ち進んでいった。南米ルートでは決勝リオデジャネイロまで進出するが、森田に徹底マークされ減点の集中攻撃を受けたために1問も正解することが出来ず最初に敗退が決まった(唯一解答権をとった問題は不正解だった。なお、機内1位の挑戦者で唯一準決勝での敗退となった)。
 
'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''
* '''勝者機1位'''(機内総合2位): '''高橋麻里子'''(東京都[[葛飾区]]出身・No.68・19歳・カンクンにて敗退)
*: [[駒澤大学]]2年生で前述の「三人娘」の1名。グァムでは強制送還を恐れてなかなかブーブーゲートをくぐれず、ステップを団扇の柄でツンツンとつつく、指で押すなどした後、思いきって飛び降りたところ通過。この時は「機内1位」と紹介され、泥んこクイズでの敗退時には「実力No.1、今散ってしまいました」とアナウンスされたが、稲川が成績で上回ったため放送の泥んこクイズ挑戦のテロップでは「機内女性1位」と紹介され、以降「機内女性1位」で定着したが、そのグァムで敗者復活した。[[中畑清]]のファンだったため、中畑のキャッチフレーズ「絶好調」にちなみ「'''絶好調娘'''」と呼ばれ、パームスプリングスでの絶叫フレーズも「'''絶好調'''」、他の挑戦者からは、「'''チャリンコ姉ちゃん'''」略して「'''チャーリー'''」とも呼ばれていた。リンカーンではトップ通過、パームスプリングスでも2番目に通過するなどした一方、デビルスタワーのバラまきクイズはラスト通過、チチェンイツァでも通過者7人中6番目と出入りが激しかった。最終的に、カンクンで序盤に連発した早とちりの誤答が最後まで尾を引き-1ポイント、全く解答できず0ポイントだった挑戦者に1ポイント及ばず敗退した。
 
'''優勝賞品'''
* '''カナダ東部の[[ノバスコシア]]沖に浮かぶ[[島]]''' (カンクンでクイズ前に発表された。最初は通常の島に上陸して味噌汁を作って食べたりしたが、実際の賞品として贈られた島は、その島の隣にある岩礁で、満潮時には畳一畳分を残して水没してしまう。干潮時は最初に上陸した島と岩礁の間を歩いて行き来ができる。稲川が名古屋のパチンコで敗者復活したことから「'''パチンコ島'''」と命名して、敗者復活のタスキをこの地に埋めて記念とした。放送最後は雨の中岩礁に取り残されるというほとんど罰ゲームのような終わり方をした。稲川の[[ブログ]]によれば、実際には最初に上陸した島も含めて賞品として貰えたという。現在も稲川はこの島を所有している)。
* '''機内1位''' : '''岩隈政信'''(東京都出身・No.26・21歳・グァムにて敗退)
*: 早稲田大学の学生で、同大学のクイズ研究会所属。グァムのドロンコクイズで誤答して敗退(なお、機内トップの挑戦者がドロンコクイズで敗退となったのは第4回の北川と岩隈の2名のみ)。のちに日本テレビ報道局に所属。「第2回史上最強のクイズ王決定戦」では準決勝で真っ先にリーチかけるも[[西村顕治]]の猛烈な追い上げの前に決勝進出を逃した戦歴がある(「今だから話せるウルトラクイズ(秘)証言集「第12回に出演した皆様の巻」にてクイズ王の瀬間は「どろんこクイズ」で機内一位の岩隈が脱落した時点で自身が優勝できると思ったと語った)。
 
'''優勝賞品'''
* '''[[生命|バイオ]][[ウォータースポーツ|マリンスポーツ]]セット一式''' (フェゴ島で発表された。[[フロリダ州]]の[[ウィンターヘイブン (フロリダ州)|ウィンターヘブン]]で贈呈。同時に2日間のトレーニングでインストラクター技術も伝授された。「バイオマリンスポーツ」とは[[ウマ|馬]]1頭の力によって引かれる[[水上スキー]]「ホースウォータースキー」のこと。馬も賞品に含まれる。賞品地レポーターは小倉淳が務めた)
*: 立命館大学の学生だったが、休学して第一次予選の参加直前まで南米旅行をしていた。RUQS5代目会長。ポイント通過時にプレゼンターの女性をハグする、プレゼンターのいないチムニーロックで通過した際には南米旅行中に出会った女性の写真にキスをするなど、極めて豪快な性格と言動が特徴。第12回にも出場したが第一次予選で敗退している。翌年の第一次予選終了後に南米旅行時に感染した[[A型肝炎]]で入院したが、第二次予選直前に退院して参加した。第二次予選と機内クイズは髭面での[[パジャマ]]姿で臨み、グァムで髭は剃り落としたものの、決勝戦も再びパジャマ姿で臨んだ(スーツも持参していたが、メンフィスで着用した)。トップ通過はクイーンズタウンとボルティモアのみで、グァムで敗者復活、チムニーロックとメンフィスでラスト通過、ボルティモアでは通過席に8度も立つ(特に6度目に阻止された時は、相手に早押しボタンを先に押された瞬間正解だと確信したのか、自分のウルトラハットを相手が答える前に外している)など、後半は苦戦の連続だった。準決勝で敗退した'''[[秋利美記雄]]'''とライバル的な扱いをされ、ショットオーバーでの絶叫フレーズはお互いに「長門帰れ」「秋利帰れ」となっていた。決勝進出決定の際には、対戦相手の永田について「成田空港で(決勝進出を)考えた時の最高の相手」「そのために僕は残って来ました」と評した。なお、肝炎の既往歴を考慮して、優勝者に与えられるシャンパンが見た目がシャンパン風のジュースに差し替えられていたが、オンエアでは「お酒ってこんな味やったんですね」と発言。「'''クイズはスポーツ'''」が信条で、クイーンズタウン以降は[[ラグビー]]の[[ラグビーニュージーランド代表|オールブラックス]]の[[ジャージ]]を着てクイズに臨む(着替えるシーンも放送された)こともあった。また本番組において歴代最後の敗者復活からの優勝者でもある。福留からは「'''[[20世紀]]最強のチャンピオン'''」と呼ばれ、本番組のビデオでは「早押し0.07秒」と紹介された。第15回では冒頭この回で勇退する福留への労いの言葉を述べ、また"今世紀最後"では中断中に誕生した息子を連れて参加した。現在はクイズ作家として活躍している。
* '''準優勝''' : '''[[永田喜彰]]'''([[兵庫県]][[神戸市]]出身・No.50・26歳・機内3位)
*: [[大阪大学]]出身、[[システムエンジニア]]。第5回から第一次予選に参加しており、大学在学中は[[青春18きっぷ]]を利用しての電車旅行ついでに予選参加していたと言う、第2回クイズ王の北川と同じく[[鉄道ファン]]であった。シドニーでは、残り1枠で同時に正解した東大卒富士通の'''田川憲治'''<ref>後年、ウルトラクイズのイベントにも参加し元気な姿を見せていたが、2019年(令和元年)9月に他界。</ref>(準決勝敗退)との勝者決定戦に敗れ一旦は敗退するも敗者復活。クイーンズタウンから再合流して以降準決勝まで、クイズ挑戦時には常に、シドニーでの敗者復活時に[[Mr.マリック]]からもらった「'''ハンドパワーTシャツ'''」を着用し続けた(決勝ではTシャツは着なかった)。決勝進出の際には、対戦相手の長戸を「最低の相手」「こいつとだけはやりたくなかった」と評した。第10回でも国内予選を突破し、成田の○×問題で誤答しペーパークイズで敗者復活したものの、この時はグァムで敗退している(「他の人の問題を聞いても間違えてばかり」という理由で、問題を聞く前に○へ行くと宣言したものの、よりによって[[日本国有鉄道|国鉄]][[運賃]]に関する問題が出され「しまった」と言いながらも結局宣言通り○に飛び込んでドロンコになった)。翌年の[[1987年]](昭和62年)からは、外部生ながらRUQSに所属していた。長戸と違ってトップ通過が多く、シドニー以外は安定していた。但し、チムニーロックでは、[[コンボイ]]の乗車順=解答順を決める三択クイズで最も不利な最後尾となったものの、挑戦権を獲得した通過問題では一発正解し結局4番目に通過している。後に長戸と共にバラエティ番組に出演するなどクイズタレントとしても活動している。
* '''決勝戦の結果''' : {{color|DodgerBlue|(永田…青)'''-1'''}} VS{{color|Red| '''+10'''(長戸…赤)}} <ref>第13回決勝戦は編集されており、実際の永田のポイントは-3。</ref>
 
* '''機内1位''' : '''土屋仁志'''(神奈川県出身・No.18・28歳<!--1990年(平成2年)11月1日に日本テレビで放送された「史上最大!第14回アメリカ横断ウルトラクイズ2」による-->・タヒチにて敗退)
*: 第9回でも第一次予選を突破していたが、この時は成田のジャンケンで敗退している。
 
'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''
* '''機内1位''' : '''大石 禎'''([[三重県]]出身・東京都在住<!--日本テレビ放送網編『アメリカ横断ウルトラクイズ 第15巻』による-->・No.96・25歳・ドミニカ共和国にて敗退)
*: [[名古屋大学]]出身、[[週刊TVガイド]][[記者]]。大学ではクイズ研究会出身で、初代副会長だった。ドミニカでは能勢と共に封鎖され続けた結果、能勢との直接対決でどちらかが落ちるという状況になり、最終的に敗退した。
 
'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''
*: [[関西大学]]出身、[[呉服]]店店主で既婚者。娘が2人と息子1人がおり、レイクパウエルでの大声クイズの絶叫フレーズはその3人の子供の名前にされていた。第13回で準優勝した永田に誘われ、関西クイズ愛好会に所属。社会人になってからクイズを始め、クイズ番組出場経験多数の実力者だった。当大会参加時期に妻と[[スペイン]]旅行を予定していたが予選通過したためキャンセルし参加、「芸能神社」として知られる[[車折神社]]の御守をもらい持参、「'''クイズは芸事です'''」が信条。東京ドームからニューヨークまで一貫してクイズには[[和服]]を着て臨んだため、サンフランシスコでは日本の映画俳優と勘違いされサインを求められた(ただし、移動時には普通の服を着ており、クイズ収録時に和服に着替えていたとのこと。同時期の『'''[[史上最強のクイズ王決定戦]]'''』『'''FNSクイズ王決定戦'''』の本選でも毎回和服姿で挑戦していた)。サンフランシスコでトップ通過、準決勝でも通過クイズを1問でクリアしトップ通過だったが、成田で敗者復活、ハワイでは2度誤答し、1問休みの間に対戦相手が正解すれば失格の窮地に立たされるも相手が答えられず次の問題で何とか通過、キャメロンパーク、レイクパウエルでは5番目通過、サンタフェでは4番目通過と苦戦続きだった。後に[[2001年]]に放送された「'''[[冒険家族クイズ2001|家族の愛よ!甦れスペシャル オーストラリア大陸縦断5000キロ!冒険家族クイズ2001]]'''」に家族4人で参加した。
* '''決勝戦の結果''' : {{color|Red|(大西…赤)'''+7'''}} VS{{color|DodgerBlue| '''+10'''(田中…青)}}
 
'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''
* '''機内1位''' : '''[[村田栄子]]'''(東京都出身・No.60・67歳・ハワイにて敗退)
*: 過去、多数のクイズ番組で優勝の経験を持つが<ref name=timeshock78/>、ウルトラでは年齢制限オーバーにより一度も参加が叶わなかった。福留からは「'''クイズの女王'''」と呼ばれ、第二次予選のピカイチ技は「クイズ」<ref>実際には付け髭をつけ[[奇術|手品]]を披露したが、その余興としてクイズをやった部分だけが放映された。</ref>だった。ハワイで敗退した際、クイズに負ければ罰ゲームのスカイダイビングが待っているという状況が「(精神的に)厳しかった」と述べたため、年齢も考慮して福留がスカイダイビングを拒否することも可能だと伝えたものの、「降ります」と躊躇なく参加した。クイズサークル「[[ホノルルクラブ]]」会長。
 
'''その他の参加者'''
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'''優勝賞品'''