「渥美清」の版間の差分

編集の要約なし
『男はつらいよ』の「寅さん」の演技で社交性のある闊達さを印象付けていたが、実像は共演者やスタッフと真摯に向き合う一方で、公私混同を非常に嫌い、プライベートでは他者との交わりを避ける傾向だった。ロケ先での、撮影協力した地元有志が開く宴席に一度も顔を出したことがなく、時々スタッフにファンへの感謝の気持ちをことづける程度だった。撮影現場でも見物人が「寅さん」「渥美さん」など声を挙げても、黙って笑顔を見せるか丁寧に頭を下げるくらいで、身辺へ個別にファンが近寄ることも嫌っていた。
 
家族構成は妻と子供2人だが、[[原宿]]に「勉強部屋」として、自分個人用のマンションを借りており、そこに一人籠っていることが多かった。長男の田所 健太郎が「親族の立場」で公の場に顔を出すのは渥美の死後だった<ref name="nhk100" />{{efn|それ以前に健太郎が[[ニッポン放送]]のディレクターなどの立場で公式の場に出る際は、渥美の長男であることを社外では一切伏せていた。}}。渥美自身の結婚式は親族だけでささやかに行い、仕事仲間など呼ばなかった。芸能記者の[[鬼沢慶一]]は招待され友人代表として出席したが、鬼沢はその事を渥美の死まで公表することはなく、渥美の没後にその時の記念写真と共に初めて公開した。渥美は[[新珠三千代]]の熱狂的ファンを自称していたため、結婚の際は「新珠三千代さんごめんなさい」との迷コメントを出した。
 
タクシーで送られる際も自宅を知られぬように「この辺りで」と離れた場所で降りるのを常としていた。渥美は亡くなるまでプライベートを芸能活動の仕事に持ち込まなかったため、渥美の自宅住所は芸能・映画関係者や芸能界の友人にも知らされておらず、「男はつらいよ」シリーズで長年一緒だった山田洋次や、親友として知られる[[黒柳徹子]]、関敬六、谷幹一でさえ渥美の自宅も個人的な連絡先も知らず、仕事仲間は告別式まで渥美の家族との面識はなかった。これは渥美が生前、私生活を徹底的に秘匿し、「渥美清=寅さん」のイメージを壊さないためであった。このきっかけは、街を歩いていた時に、見知らぬ男性から「よお、寅」と声をかけられてからの事だと語っている<ref name="nhk100" />。実生活では質素な生活を送っていたようで、車は一台も所有しておらず、仕事での食事も、時々はスタジオやロケでスタッフや共演者と共にすることもあったが、店を選ばずに一人で適当な蕎麦屋などで済ませることも多かったという<ref name="nhk100">NHK『[[100年インタビュー]]』(山田洋次の回想より)</ref>。
匿名利用者