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→‎高田台牧: 十余二小学校
→‎開墾地名: 地名は入植順ではなく計画順
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=== 開墾地名 ===
佐倉牧と合わせ、明治の開墾入植計画の順に従った地名がつけられた<ref name="east" />。牧士頭・野馬奉行同様、小金原開墾と公文書ついても不可分で記され一括した事業ため[[佐倉牧]]と合わせ、順ともに示す。『東葛飾郡誌』では、入植開始時期を、初富が1869年10月、二和三咲が同年11・12月、五香六実は1870年1月、他は不明としている。一方、上野牧の節に記す豊四季四号稲荷の開拓記念碑には豊四季の入植開始を1869年10月とあり、二和・三咲より豊四季の入植が先であった。したがって、地名は入植順ではなく、入植計画順である。1871年までに五香と六実が合併し五香六実となったことについては中野牧の節および[[五香]]参照。
 
#[[初富]](中野牧・[[鎌ケ谷市|鎌ケ谷]]) 統合された一本椚牧にほぼ相当する。