「第1コンスル」の版間の差分

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==言葉の歴史==
[[執政官|コンスル]]という言葉は、自分自身を[[古代ローマ]]の支配者になぞらえようとするパルトポレオンの計画の一部として用いられた。後に、彼は[[エトワール凱旋門]]などの古代ローマ様式の凱旋門や記念碑の構築により、ローマとのつながりを強めることになる。
 
古代ローマには、政府の長として2人のコンスルが置かれた。コンスルは[[元老院 (ローマ)|元老院]]を含む共和国を運営し、軍隊の最高指揮官でもある。2人のコンスルは同等の権威を持っており、互いに拒否権を行使することもできた。これは独裁を予防するための仕組みである。そして、非常時には元老院は1人の[[独裁官|ディクタトル]]を6ヶ月の任期を限って指名することができた。
 
[[フランス第一共和政|第一共和政]]の崩壊により作られたフランスのシステムは、統領が2名から3名になった点以外は古代ローマの制度に類似していた。しかし、やがて3人の中で最も野心的でカリスマ性を持つナポレオンが頭角を現すこととなる。[[住民投票|国民投票]]で彼は'''終身第一統領'''に選出された。この選出は任期の点以外では古代ローマのディクタトルの指名に類似するものである。最終的に1804年にナポレオンは[[フランス皇帝]]となることを宣言して、フランスに君臨することになった([[フランス第一帝政]])
 
==他の統領==