「孫皓」の版間の差分
削除された内容 追加された内容
編集の要約なし タグ: 差し戻し済み |
Revert to revision 79985404 dated 2020-10-14 14:20:39 by さゆうわみるよし using popups タグ: 手動差し戻し |
||
144行目:
== 人物 ==
いわゆる「[[暴君]]」であり、無理やり群臣達に飲酒を強要した上で、監視の役人を側に置き、酩酊状態でわずかでも問題のある言動があれば処罰を加えた。また[[後宮]]に何千もの女性を入侍させ、意にそぐわない[[後宮#中国の後宮|宮女]]を殺害し、宮殿内に引き込んだ川にその死体を遺棄したという。刑罰では残虐な方法を使い、人の顔の皮を剥いだり、目玉をえぐったりもしたという。お気に入りの人物は重用し高官に取り立てた。さらに土木工事を好み、民衆を労役で苦しめたので民心が離れていったという。▼
一方で、降伏に際して孫晧は家臣たちに書簡を送り、呉滅亡の責任を一身に負い、家臣には晋に仕官し才能を発揮するようにと伝えている<ref>『江表伝』</ref>。元の侍中であった[[李仁 (孫呉)|李仁]]は、孫晧の残虐な刑罰について弁明したという。また、呉の滅亡後に晋に仕えた[[吾彦]]は晋の武帝の前で、孫晧は英明であったと弁明している<ref>『[[晋書]]』吾彦伝</ref>。▼
▲無理やり群臣達に飲酒を強要した上で、監視の役人を側に置き、酩酊状態でわずかでも問題のある言動があれば処罰を加えた。また[[後宮]]に何千もの女性を入侍させ、意にそぐわない[[後宮#中国の後宮|宮女]]を殺害し、宮殿内に引き込んだ川にその死体を遺棄したという。刑罰では残虐な方法を使い、人の顔の皮を剥いだり、目玉をえぐったりもしたという。お気に入りの人物は重用し高官に取り立てた。さらに土木工事を好み、民衆を労役で苦しめたので民心が離れていったという。
▲一方で、降伏に際して孫晧は家臣たちに書簡を送り、呉滅亡の責任を一身に負い、家臣には晋に仕官し才能を発揮するようにと伝えている<ref>『江表伝』</ref>。元の侍中であった李仁は、孫晧の残虐な刑罰について弁明したという。また、呉の滅亡後に晋に仕えた[[吾彦]]は晋の武帝の前で、孫晧は英明であったと弁明している<ref>『[[晋書]]』吾彦伝</ref>。
能書家でもあり、行書・隷書・小篆・飛白が巧み、[[梁 (南朝)|南朝梁]]の[[庾肩吾]]『[[中国の書論#各時代の書論|書品]]』では、曹操と肩を並べ「魏帝筆墨雄贍,呉主体裁綿密」と絶賛され、九ランクの5番目、中の中に評価している。
|