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{{基礎情報 会社|
'''辰已法律研究所'''(たつみほうりつけんきゅうじょ)は、日本の資格試験[[予備校]]。[[司法試験]]の予備校としては、最も老舗。現在、[[司法試験]]をメインに、[[法律]]系の資格試験を専門として受験指導をしている。本部は[[東京都]][[新宿区]][[高田馬場]]に所在。司法試験をメインに行っているため、他の資格試験予備校に比べて、校舎は主要都市に限られる。▼
英文社名 = TATSUMI Co.,Ltd.|
ロゴ = |
種類 = 株式会社|
市場情報 = 非上場|
略称 = 辰已|
国籍 = |
郵便番号 = |
電話番号 = |
業種 = サービス業|
統一金融機関コード = |
SWIFTコード = |
資本金 = |
売上高 = |
総資産 = |
従業員数 = |
決算期 = |
主要株主 = |
主要子会社 = |
関係する人物 = 近藤仁一(創業者)|
外部リンク = http://www.tatsumi.co.jp/|
特記事項 = |
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▲'''辰已法律研究所'''(たつみほうりつけんきゅうじょ)は、日本の[[資格試験]][[予備校]]。[[司法試験]]の予備校としては、最も老舗。現在、[[司法試験]]をメインに、[[法律]]系の資格試験を専門として受験指導をしている。本部は[[東京都]][[新宿区]][[高田馬場]]に所在。司法試験をメインに行っているため、他の資格試験予備校に比べて、校舎は主要都市に限られる。
「辰已」の表記は、「辰'''巳'''」または「辰'''己'''」と誤記されやすいが、「[[已然形]]」(いぜんけい)の「'''已'''」が正しい
== 概説 ==
[[1972年]]に元[[検察官]]の[[近藤仁一]][[弁護士]]の私塾として受験指導を開始。そのためもあって、長らく司法試験専門の予備校であり、
[[司法試験]]を取り扱う予備校の中でも、[[模擬試験]]の問題はトップレベルの難易度と言われている。特に、論文式試験の模擬試験「日曜答案練習会」(略称:「日練」)で出題される問題は、その全てが日本の著名な法学者により作問され、「超難問」であることで有名。
また、現在の代表者及び経営層の大半は[[法曹]]資格や[[公認会計士]]等の資格を有しておらず、また法学研究者でもない(指導は経営陣以外の弁護士・学者等が行う)。故近藤仁一弁護士の教え子であった「元受験生」が経営の主流を占める。
辰
▲辰己法律研究所の創業者である近藤仁一弁護士が亡くなった後、子息で[[弁護士]]の[[近藤広明]]氏ら創業家は株式を手放しており、現在は資本的結びつきはない。また、講師・職員含めて近藤時代を知るものは数少なくなった。その意味では、第二期辰己法律研究所ともいえる。
▲また、現代表者及び経営層の大半は法曹資格や公認会計士等の資格を有しておらず、また法学研究者でもない。故近藤仁一弁護士の教え子であった「元受験生」が経営の主流を占める。LEC、伊藤塾、Wセミナーのように経営者自らが直接資格試験対策など後進育成に携わることがないのはそのためである。
== 対応試験 ==▼
*[[新司法試験]]
*[[旧司法試験]](従来の[[司法試験]])
*[[法科大学院]]入試
*[[司法書士]]試験
*[[宅地建物取引主任者]]試験(宅建)
*[[行政書士]]試験
== 講師 ==▼
看板講師には、[[井藤公量]]、[[加藤晋介]]、[[貞友義典]]と何故か[[岡山県]]出身が多い。
予備校の評価を云々する向きもあるが、基本は講師との関係である。辰
*[[加藤晋介]](主任講師、主要6科目)▼
*[[貞友義典]](民事法)▼
▲辰己法律研究所の評価は、ひとつに司法試験委員クラスの学者を招いての集中講義、近藤仁一弁護士との濃密な人間関係による小教室(固定席型の自習室およびゼミ)、それから日曜答案練習会の堅実な運営スタイルなどにあったといえる。近藤時代の終焉とともに、そうした古き良きスタイルもまた終わり、旧司法試験とともにやがて人々の記憶からも遠ざかっていくことであろう。時代の流れというほかない。
*[[池田多賀司]]▼
*[[井藤公量]]▼
▲== 対応試験 ==
*[[古笛恵子]]▼
*[[密克行]]▼
*[[薬袋真司]]▼
*[[斎藤隆 (講師)|斎藤隆]]▼
▲* 商号 株式会社辰巳法律研究所
*[[米谷達也]]([[法科大学院適性試験]]対策担当。現在、[[大宮法科大学院大学|大宮法科大学院]]生でもある)▼
▲* 本社所在地 東京都新宿区高田馬場4-3-6
▲* 設立 1977年6月
▲* 事業内容 資格試験の受験指導と出版
▲* 代表者 代表取締役所長 後藤守男
== 沿革 ==
* [[1972年]] 近藤仁一弁護士が個人で受験指導を開始。
* [[1977年]] 東京・[[飯田橋]]にて、株式会社辰
* [[1982年]] [[東京都]][[新宿区]]百人町2-24-30([[大久保駅 (東京都)|大久保駅]]そば)の住宅地に3階建ての自社ビルを建設し、移転。
* [[1989年]] 大阪に別法人(現在は東京本校と統合)を設立し、大阪本校を開校。
* [[1993年]] 初めての大学との教育提携([[立命館大学]])。
* [[1994年]] 受験生のニーズに合わせて、東京都新宿区高田馬場3-3([[高田馬場駅]]早稲田口そば・現在のLEC高田馬場校の向かい)に高田馬場センターを開校。
* [[1995年]] 東京都新宿区高田馬場4-3-6(高田馬場駅戸山口そば)の[[三菱電機]]子会社の出たビルに、東京本校と高田馬場センターを移転して統合。
* [[1997年]] 東京本校隣接地の[[早稲田予備校]]スモール校舎(当時[[四谷大塚]]が使用)を、東京本校スモール校舎に。
* [[1998年]] 名古屋本校が[[名古屋市]]中村区名駅4-26-22に開校。
* [[2002年]] 大阪本校の経営母体が東京本校に復帰、大阪本校・京都本校を運営していた[[リーガルフロンティア21]]は[[司法試験予備校]]から撤収、[[パラリーガル]]養成機関兼派遣業へシフト(現在は無関係)。同時に大阪本校は[[丸ビル]]新館から[[大阪市]]北区太融寺町5-13の東梅田パークビルへ移転。
* [[2003年]] 法科大学院入試対策講座開講。辰已法科大学院進学スクールが東京本校そばの春秋会館跡地に開校。京都本校が[[京都市]]の梅屋町から京都市下京区四条通烏丸の京都三井ビルに移転。
* [[2004年]] 辰
* [[2005年]] 横浜本校が横浜市神奈川区鶴屋町2-23-5に開校。
* [[2006年]] 春秋会館跡地の教室を閉鎖。
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== 提携大学 ==
[[関西大学]]、[[関東学院大学]]、[[甲南大学]]、[[専修大学]]、[[中央大学]]OB団体、[[同志社女子大学]]、[[東北学院大学]]、[[東洋大学]]、[[獨協大学]]、[[明治大学]]、[[名城大学]]、[[立命館大学]]
▲「辰已」の表記は、「辰'''巳'''」または「辰'''己'''」と誤記されやすいが、「[[已然形]]」(いぜんけい)の「'''已'''」が正しい表記である。ただし已の字にミという発音はない。
▲== 講師 ==
▲*[[加藤晋介]](主任講師、主要6科目)
▲*[[貞友義典]](民事法)
▲*[[池田多賀司]]
▲*[[井藤公量]]
▲*[[古笛恵子]]
▲*[[密克行]]
▲*[[薬袋真司]]
▲*[[斎藤隆 (講師)|斎藤隆]]
▲*[[米谷達也]]([[適性試験]]対策。現在、[[大宮法科大学院大学|大宮法科大学院]]生でもある)
== 関連項目 ==
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