「夜のヒットスタジオ」の版間の差分

編集の要約なし
|番組名2 = 夜のヒットスタジオDELUXE
|放送時間2 = [[水曜日]] 21:02 - 22:52
|放送分2 = 110
|放送枠2 =
|放送期間2 = 1985年[[4月3日]] - [[1989年]][[9月27日]]
=== 「20周年記念 SALTBURG (ザルツブルク)」 ===
* 放送1042回(DELUXEとしては通算190回) 
* 放送日時 1988年11月30日、21:0221:02 - 22:5422:54
** 放送20周年を記念して[[オーストリア]]の[[ザルツブルク]]から全編衛星生中継された。フジテレビ第6スタジオには、万が一衛星中継が切れた時の事故の為に、[[中井美穂]]と[[松山千春]]、ダンサーのDee-Deeがスタンバイしており、緊急時にはVTR紹介などでつなぐ態勢が敷かれていた。
** また現地ではオープニング曲には、「[[ドレミのうた]]」がザルツブルクドーム少年合唱団の歌声と披露でザルツブルクドームより行われた。
=== 「IN PARIS」 ===
* 放送1058回(DELUXEとしては通算206回) 
* 放送日1989年3月29日、21:0221:02 - 23:1523:15
** エッフェル塔が100周年を迎え、[[パリ]]市長から直々の招待を受け、パリの[[エッフェル塔]]の前にある[[シャイヨ宮]]内の広場にスタジオメインセットを組み、オーケストラには[[ポール・モーリア]]が指揮、演奏は[[ポール・モーリア・グランド・オーケストラ]]が入るという豪華な全編衛星生中継であった。
** [[東京タワー]]の現場中継レポーターには、海外での中継と通訳を担当している服部まこが、東京タワー中継担当として出演した。
== 夜のヒットスタジオSUPER ==
* 放送期間:1989年10月18日 - 1990年10月3日
* 放送時間:水曜日 22:00 - 22時55分(※1990:54(※1990年5月までは月末最終週放送日のみ、23:24まで放送時間を拡大)
 
=== 加賀まりこの「暴言」から始まった番組の迷走 ===
新司会者の加賀は当時、バラエティー番組などでの歯に衣着せぬ毒舌ぶりや奔放なキャラクターが注目されていた時期であり、同番組でもその毒舌を遺憾なく発揮したが、[[B'z]]の[[稲葉浩志]]や[[CHAGE and ASKA]]、[[近藤真彦]]、[[酒井法子]]、[[光GENJI]]の[[諸星和己]]、[[工藤静香]]、[[プリンセス・プリンセス]]の[[岸谷香|奥居香]]などの若手アーティストらに対して、音楽番組の司会者としては不適切と思われる問題発言を度々起こし<ref group=注>奥居香については「ブタ」発言があった直後のラジオ番組『[[ポップン・ルージュ]]』([[TBSラジオ]])にて、加賀の番組内で見せた態度を批判するとともに、自身を含むメンバー全員につき、番組への出演拒否を表明。以後1993年の復活版をのぞいて、一度も出演することはなかった。</ref>、本番中に[[吉幾三]]の頬にキスをして、吉がキスマークをつけたまま歌ったこともあった([[1989年]][[11月29日]]放送)。
 
=== 失速・そして夜のヒットスタジオシリーズの終了(1990年) ===
この時期から歌番組に対するニーズの変化もあり<ref group=注>テレビ朝日系の『[[はなきんデータランド]]』の台頭に象徴される、純粋に音楽を楽しむというよりもヒットチャートを調べるために見るという、「目的から手段への変化」である。</ref>、放送時間の短縮を機に予算が大幅に削減されたことも影響し、大物アーティストの出演頻度が下がった。[[布施明]]・[[井上陽水]]・[[サザンオールスターズ]]・[[北島三郎]]・[[森進一]]らは『SUPER』には一度も出演せず、それまで月に1、2回出演していた番組最多出演者の五木ひろしも[[1990年]][[1月10日]]放送を最後に出演がなくなり、1980年代には毎週のように出演していた[[ジャニーズ事務所]]の所属タレントの出演頻度も激減。若年層に人気のある日本歌謡のジャンルが、[[演歌]]・[[フォークソング]]・[[ニューミュージック]]から[[J-POP]]・[[J-ROCK]]に移行しつつあった時代的背景もあって、若手バンドやロック・アイドル歌手が出演者の大半を占めるようになり、1990年4月18日放送に出演した[[石川さゆり]]を最後に純然たる演歌歌手の出演はついに途絶えてしまった<ref group=注>派生番組の『[[夜のヒットスタジオ#ヒットスタジオ演歌|ヒットスタジオ演歌]]』も一足早く同年3月に終了している。</ref>。この事はそれまでの番組のコンセプトである「幅広いジャンルを網羅する」という部分を事実上形骸化してしまった事を意味した。
 
=== 「in 香港」 ===
* 放送1109回
* 放送日時 1990年4月25日、22:02~2302 - 23:2524
** [[香港]]にある[[ハイアットホテルアンドリゾーツ|グランドハイアット]]香港前に番組のメインセットを組んで、衛星生中継を行った。放送に先立ち、出演者やスタッフに向けたレセプションが行われ、香港を代表する女優[[グロリア・イップ]]と[[アニタ・ムイ]]から古舘・加賀に花束が贈呈された。
** 出演者一同は、香港の施設や風習などを事前にレポートしたVTRが放送された。
=== 夜のヒットスタジオ大感謝祭スペシャル ===
『'''年末リクエスト総決算'''』
* 1990年12月26日(21:00 - 23:25)24)
* 最終回で紹介しきれなかったVTRを中心に、出演した常連歌手らがスタジオで思い出を語った。
'''<司会>'''
=== 夜のヒットスタジオ大感謝祭スペシャル・Ⅱ ===
===『青春時代編』===
* 1991年4月3日(21:30 - 23:25)24)
'''<司会>'''
* [[徳光和夫]]
 
=== 夜のヒットスタジオ RETURNS SPECIAL ===
* 1993年3月31日(21:00 - 23:05)03)
*[[山形テレビ]]最後のネット番組。この番組は20%以上の高視聴率を挙げ、以後数年間にわたる『夜ヒット』特別番組放送の契機となった。
 
 
=== '94夜のヒットスタジオ超豪華秋SPECIAL ===
* 1994年10月12日(21:00 - 23:05)03)
 
'''<司会>'''
 
=== '94夜のヒットスタジオ 超X'masデラックス ===
* 1994年12月24日(19:00(19:00 - 20:55)54)
 
'''<司会>'''
 
=== '95夜のヒットスタジオ・グレートアーティスト・超豪華!春のスペシャル ===
* 1995年4月5日(20:00 - 23:15)14)
 
'''<司会>'''
 
=== '96夜のヒットスタジオ・桜満開!超デラックス ===
* 1996年4月3日(21:00 - 23:10)08)
*さんまもTHE ALFEEの伴奏で「My Sweet Home Town」を歌唱。
 
 
=== '95夜のヒットスタジオ 純白のX'masスペシャル ===
* 1995年12月23日(19:00(19:00 - 20:55)54)
*寿退社が決まっていた中井美穂にとっては、この特番がフジテレビの局アナとして最後の仕事となり、エンディングでは夫の[[古田敦也]]がお祝いに駆けつけた。
 
 
=== '96夜のヒットスタジオ 超X'masデラックスin NY ===
* 1996年12月25日(22:30 - 0:10)09)
* 全編[[ニューヨーク]]からの衛星生中継
 
== 夜ヒット関連の特番 ==
===[[ザッツお台場エンターテイメント!#第1夜・歌番組の38年|ザッツお台場エンターテイメント!第1夜・歌番組の38年]]===
*1997年3月31日(19:00 - 21:25)24)
* フジテレビ新社屋移転記念特番として放送。[[お台場]]新社屋[[V4スタジオ]]と[[ロサンゼルス]]の衛星生中継の二元構成。
* 『夜ヒット』のメインセットを完全再現した最後の特番となった。開局を翌日に控えた[[さくらんぼテレビジョン|さくらんぼテレビ]]、[[高知さんさんテレビ]]でも試験放送にてオンエアされた。