「ラムゼイ・ルイス」の版間の差分

 
1966年にヤングとホルトが離れヤング・ホルト・トリオ(後の[[ヤング・ホルト・アンリミッテッド]])を結成する。替わりに、後の[[アース・ウィンド・アンド・ファイア]]のリーダーで、弟子の[[モーリス・ホワイト]]がドラマーとして、クリーヴランド・イートンがベーシストとして起用されている。1970年にはホワイトに替わり{{仮リンク|モーリス・ジェニングス|en|Morris Jennings}}が加入。
 
1972年に[[コロムビア・レコード]]に移籍。この時期に、かつてのメンバー兼弟子で、モーリス・ホワイトを[[音楽プロデューサー|プロデューサー]]に迎え、''{{仮リンク|太陽の女神 (アルバム)|label=太陽の女神|en|Sun Goddess (album)}}''(1974)を発表。[[ジャズ・ファンク]]/[[ブラック・コンテンポラリー|ブラコン]]色の強いこのアルバムはグラミー賞を受賞する。
 
1992年に[[GRPレコード]]に移籍。1995年にGRPの副社長[[カール・グリフィン]]の企画のもと、[[アーバン・ナイツ]]を結成。[[グローヴァー・ワシントン・ジュニア]]や[[オマー・ハキム]]、[[ヴィクター・ベイリー]]などオール・スターを迎えたファースト・アルバムを、セルフ・タイトルで発表。1999年にルイスが[[ナラダ・レコード|ナラダ・ジャズ]]に移籍すると共に、アーバン・ナイツもナラダに移る。