「JNNニュースの森」の版間の差分

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=== JNN各局の番組状況 ===
 
* 全国ニュースは基本的には『JNNニュースの森』で統一。但し、ローカルの場合は各地域ごとに番組名や内容、放送形態が異なる。それらの番組については、[[JNN夕方ローカルニュース一覧]]を参照のこと。
* 尚、[[テレビユー山形]]では番組終了後の2006年3月まで特集(関東ローカル枠)をネットしていた他、2000年3月まではスポーツや天気まで関東ローカル枠を完全ネットしていた<ref group="注">但し、1997年4月から2000年3月までの17:55 - 18:00の間のコーナーは除く。</ref>。これは同局が開局当時、経費を抑える為必要最低限の報道取材活動しか行えず、ローカルニュースだけのワイド番組を制作する事ができなかったからである。
* また、[[チューリップテレビ]]も1990年10月の開局から1993年9月までローカルニュースを17:30 - 18:00の枠で放送していたため、この期間は関東ローカル枠を完全ネットしていた。
 
=== 拡大放送 ===
 
* [[1999年]][[9月30日]]に発生した[[東海村臨界事故]]の時は「ニュースの森緊急特番」というタイトルであった。また、2004年5月22日の[[小泉純一郎]]首相(当時)が[[北朝鮮]]に再訪朝した際は「ニュースの森拡大版」というタイトルであった。なお「緊急特集」というタイトルは、後継番組「JNNイブニング・ニュース」でも引き続き使われた。
* ただ、事象やニュースの発生時間によっては「ニュースの森」ではなく「報道特別番組」として放送される場合もある。この場合は「ニュースの森」のキャスターではなく、アナウンサーが担当する場合もある。1995年[[10月7日]]の[[上祐史浩]][[オウム真理教|オウム]]緊急対策本部長(当時)の逮捕状請求(TBSアナウンサーの[[奈良陽]]と[[吉川美代子]]が担当)、1999年[[10月1日]]の東海村臨界事故の関連ニュース(TBS(TBSアナウンサーの[[柴田秀一]]と[[長峰由紀]]が担当)はこのケースにあたる。
* [[1991年]]の湾岸戦争の開始・終結時や[[1995年]][[3月20日]]に発生した[[地下鉄サリン事件]]では、夜8時まで番組が延長された。
* 1995年[[1月17日]]の[[阪神・淡路大震災]]では全編全国ネットとなった。2002年9月17日の[[小泉純一郎]]首相(当時)の北朝鮮訪朝の際も全編全国ネットとなったが、この時は「ニュースの森」ではなく「JNN報道特別番組」としての放送だった<ref group="注">番組終了時に「JNN報道特別番組 終」と出されたため。</ref>。また、1995年6月21日の[[全日空857便ハイジャック事件]]では、HBCが当時放送していた「[[テレポート6 (北海道放送)|テレポート6]]」を休止して、関東ローカル枠を放送した。
 
=== 年末年始の放送 ===
* 年末年始は、1999年始までは他の時間帯と同様『JNN NEWSニュース』が放送されたが(他の時間帯は15分間、夕方は30分間)、同年末以降は当番組が30分の短縮版として放送された。これ以降夕方のニュースで通常の番組を放送しなかった体制は、1999年・2000年の年末と2009年~2010年の年末年始<ref group="注">この時は、『[[総力報道!THE NEWS]]』の代わりに『THE NEWS』を放送した</ref>のみである。
*なお、大晦日だけは2001年まで15分間の『JNN NEWSニュース』として伝えていたが、2002年は放送時間は15分のままで『JNNニュースの森』として放送された(この日の担当は[[升田尚宏]]アナウンサー)。2003年からは大晦日も30分間の放送となった。
* キャスターは、ベテランの女性アナウンサーがメイン格を務め、当日昼の『JNN NEWSニュース』、午後の『[[TBSニュース|TBS NEWS]]』の3番組を兼務。当直勤務の若手男性アナウンサーがサブ格を務め、当日夜の『JNNフラッシュニュース』、深夜と翌朝の『JNN NEWSニュース』の4番組を兼務する(深夜、早朝のラジオニュースも兼務)という体制であった。
* ただし、1999年末と2001年始の放送は、通常どおり松原・進藤がメインキャスターを担当。後者に関しては和服姿でニュースを伝えた。また、2002年始と2002年12月30日の放送は、杉尾・小川・豊田・森田が務め、この時は豊田・森田が和服姿となった<ref group="注">2002年12月30日の放送は杉尾・小川・森田の3人のみ出演。この日森田はTBS前から「ザ・ベストテン」の番宣のため、黒柳徹子と安住紳一郎と一緒に天気を伝えた。</ref>。
 
 
=== その他 ===
 
* 平日のヘッドラインのナレーションは1993年まで[[鈴木史朗]]、その後は2004年9月まで[[鈴木順]]が務めた。鈴木順に至ってはヘッドラインだけでなく番組内のナレーション全体も担当。ただし末期の特集コーナーだけは[[生野文治]]の担当で固定した。
* 週末のスポーツニュースは全国ニュース枠で放送していた。平日も、同様にスポーツコーナーを全国ニュース枠で放送した時期が何度かあった。
* 天気予報は平日・週末共ローカル枠での放送だったが、2004年10月から番組終了までは平日のみ全国ニュース枠でも天気予報を放送していた。民放の夕方のニュースでは[[テレビ朝日]]の『[[スーパーJチャンネル]]』<ref group="注">1998年10月から2000年3月まで実施。</ref>以来、およそ4年半ぶりであった。
* 土曜日に関しては、[[毎日放送制作土曜夕方6時枠のアニメ|土6]]枠の終了直後に[[毎日放送]]からの送出で5秒間のジャンクションが流れた。内容は女性キャスター(アンカー格)が「今日1日のニュースとスポーツ」とアナウンスし、続けて男性キャスター(サブ格)が「この後の『ニュースの森』でお伝えします。」というものだった。
* 1995年10月19日に、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]の『[[NNN昼のニュース]]』で「([[坂本堤弁護士一家殺害事件|坂本弁護士一家殺害事件]]についての取り調べで)[[早川紀代秀]]が"'''TBSで[[坂本堤弁護士一家殺害事件|坂本弁護士]]のインタビュービデオを放送前に視聴して、その内容を[[麻原彰晃]]に報告した'''"と供述している」と報道された(いわゆる[[TBSビデオ問題]])。その際、TBSは同日この番組で「TBSの社内調査では、(放送前の)テープを見せたという事実はありません」と日本テレビに抗議した旨を全国ネット枠で放送した。この「見せた事実はない」とした放送を他局がこぞってTBSが否定した証拠映像としてのちに何度も使っている<ref group="注">なお、この抗議に対しては後日正式に取り消した他、日本テレビにも謝罪した。</ref>。
* 全国ネット枠終盤でニュースを短く伝える際、当初は前番組同様「ニュースフラッシュ」や「ニュースを続けてお伝えします。」などと言っていたが、平日版は1997年10月から「ニュースメドレー」という名称になり、2004年9月末まで使われた。週末版も2001年10月から「ニュースメドレー」という名称を使用していた。その後2004年10月から、平日版は「ニュースな言葉」という名になった。
 
== 関連項目 ==
* [[TBSテレビ系列夕方ニュース枠]]
* [[ネットワークTODAYトゥデイ]]([[TBSラジオ]]で放送される平日夕方のニュース番組。2019年3月まで[[荒川強啓 デイ・キャッチ!|デイ・キャッチ!]]に内包され、荒川も同番組内包時代に担当していた。)
* [[TXNニュースアイ]](久和が当番組降板後担当した[[テレビ東京]]([[TXNネットワーク|TXN]])系夕方のニュース番組。当番組と同時期に終了。)
* [[和田アキ子殺人事件]](2007年2月12日に放送されたスペシャルドラマで、当番組が『'''ニュースの林'''』ともじられた。)