「メフメト3世」の版間の差分

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==生涯==
=== 即位前 ===
メフメトは[[スレイマン1世]]の治世中の1566年にマニサで後の[[ムラト3世]]と[[サフィエ・スルタン]]との間で生まれた。曽祖父のスレイマン1世はメフメトの生まれた年になくなり、その後メフメトは[[マニサ]]で父と母と過ごし、そこでイブラヒム・エフェンディから教育をほどこされた。8歳の時に父が即位すると皇太子となり、1582年6月2日に[[割礼]]を受け、それと同時に祝祭も催された。メフメトの割礼は16歳とかなり遅かったが父のムラト3世はこの割礼を空前の盛儀にしようとしていた。盛儀は一か月間続いた。1583年にはマニサの知事になった。マニサの知事を務める時期に自身の割礼を施したジェッラー・メフメト・パシャに家政婦として仕えていた[[ハンダン・スルタン]]と親しくなって後に夫人となった。
 
=== 即位 ===