「ノート:国民社会主義ドイツ労働者党」の版間の差分

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ナチ党に賛成
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1940年に出版された『ナチス新国家の組織』では「さて、この翻訳に際して協会研究部の用いた役所、団体名等の訳語について一言しておかねばならぬ。今日までのところでは、ドイツに関する固有名詞の訳語に定訳とも言ふべきものが無いので、大いに困難を感じたのである。先ずナチスの原名である "National - sozialistische deutsche Arbeiter - partei"、及びその略 "National - sozialist" の "National" を『国民』と訳すべきか『民族』と訳すべきか、また『国家』と訳すべきかについては決定論がないやうであるが、訳にあたつてはあらゆる点から考へてみて国家の方がよいと思つて、それを採用した。」という説明が為されています (ロバアト・A・ブレイディー著・日本青年外交協会研究部訳『ナチス新国家の組織』日本青年外交協会出版部、昭和十五年、三頁。)。[[堀真清]]は上記を引用し、「けだし、先人が苦労した訳語については国家社会主義でも国民社会主義でも良く、ナチズムも便宜であろう ([[堀真清]]『西田税と日本ファシズム運動』岩波書店、2007年8月29日、ISBN 978-4-00-024251-6、26頁。)。」と述べています。
 
「国家社会主義ドイツ労働者党」「国民社会主義ドイツ労働者党」「民族社会主義ドイツ労働者党」のいずれかが「誤訳」で、いずれかが正しい訳と断言するのには無理があり、「○○は差別語だ」と言って気に入らない語を排除するやり口を想起させます。また、「まともな研究者は云々」という言い方は、従わないと「まともでない研究者」認定されてしまうのではという危惧を抱かせるような、圧力・脅し・すかしのようなものが見え隠れします。また、「全体主義論でソ連共産主義と一括りにしたいとう反共的な思惑」と言っていますが、[[小泉信三]]などは、ラッサ―ルの「国家社会主義」とナチの「国民社会主義」とを区別しながら、ナチとソ連との共通点を見出していますので、「国民社会主義」を使用するか否かということと、全体主義批判でナチとソ連とを一括りにすることとは別の話だということです。なお、[[日本共産党]]は、[http://suzuran.aik.co.jp/jcp/?szquery=%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%B8%BB%E7%BE%A9 「国家社会主義」]を使用しています。さらに、国家責任・国民責任といった議論が盛んになる以前から訳語にヴァリエーションが存在していたことから、「「国家」責任のみ追及して「国民」責任を問おうとしない心性」というのは、<!-- 「何を根拠に言っているのか。それこそ妄想じゃん」とまでは申しませんが、 --><!-- 議論に参加している一個人に対する(論題と全く関係がない)このような当てこすりともとれる発言は侮辱とも捉えかねないのでお控えください。([[WP:CIV]])--~~~~ -->根拠が弱いと感じました。国民責任を追及してほしくないドイツ人が日本の研究者や翻訳者に対して、日本語訳を「国家社会主義ドイツ労働者党」にするよう圧力をかけてきているというのであれば、佐藤の主張もわからなくはないのですが、そうした事実は確認できませんでした。以上のことから、佐藤の主張は説得力を欠くものだと考えます。
 
[[石田勇治]]の主張には一定の説得力はあると感じます。石田は「ナチズム "Nationalsozialismus" の訳語として「国家社会主義」が、ナチ党 "Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei" は「国家社会主義ドイツ労働者党」があてられることが多いですね。ところが"Nationalsozialismus"の"National"は、ここでは国家的でなく、国民的あるいは民族的という意味で用いられています。ナチズムは国家でなく、国民・民族を優先する思想です。国家はヒトラーにとって、国民・民族に仕える道具でしかないのです。したがってナチズム、ナチ党の訳語は、国民社会主義、国民社会主義ドイツ労働者党とするのが、原意を正しく表していてよいと思います ([[長谷部恭男]]・[[石田勇治]]『ナチスの「手口」と緊急事態条項 <集英社新書 0896 A>』[[集英社]]、二〇一七年八月二四日 第一刷発行、ISBN 978-4-08--720896-2、86頁。)。」と述べています。著書『ヒトラーとナチ・ドイツ』では「ドイツ労働者党が自立した政党となったことを示すために、ドレクスラーとヒトラーは公開集会を開いて党の綱領を発表し、党名を「国民社会主義ドイツ労働者党」 (Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei、略称NSDAP、ナチ党) と改めた。ここにナチ党の名が歴史に現れた ([[石田勇治]]『ヒトラーとナチ・ドイツ <講談社現代新書 2318>』[[講談社]]、二〇一五年六月二〇日第一刷発行、ISBN 978-4-06-288318-4、38頁。)」と書いており、石田のように「国民」に重点を置く者は「国民社会主義」、国家に重点を置く者は「国家社会主義」、民族に重点を置く者は「民族社会主義」と訳しているのだということはわかりますが、そもそも日本語とドイツ語で一対一対応しているわけでもなく、全てが誤訳ではないのと同時に、全てが100%正しいとは言えない状態にあるといえます。なお、石田も、他の箇所では、地の文のみならず章や節の表題においても「ナチ党」を使用しています。
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