「京極駅」の版間の差分

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|所在地 = [[北海道]][[虻田郡]][[京極町]]字京極
|座標 = {{ウィキ座標2段度分秒|42|52|0|N|140|52|50|E|type:railwaystation_region:JP-01|display=inline,title}}
|開業年月日 = [[1919年]]([[大正]]8年)[[11月15日]]<ref name="停車場">{{Cite book|和書|author=石野哲(編)|title=停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ|publisher=[[JTB]]|year=1998|isbn=978-4-533-02980-6|page=859}}</ref>
|廃止年月日 = [[1986年]](昭和61年)[[11月1日]]<ref name="官報86">{{Cite news |title=日本国有鉄道公示第109号 |newspaper=[[官報]] |date=1986-10-14 }}</ref>
|駅構造 = [[地上駅]]
|ホーム = 2面3線
|起点駅2 = 京極
|乗換 =
|備考 = 胆振線廃線に伴い廃駅{{R|停車場}}
}}
[[ファイル:Kyogoku eki.jpg|right|thumb|1976年の京極駅と周囲約750m範囲。左上が倶知安方面。右下の上は廃線となって軌道跡が残る支線の脇方方面。右下の下が本線の伊達紋別方面。{{国土航空写真}}]]
 
'''京極駅'''(きょうごくえき)は、[[北海道]]([[後志支庁]])[[虻田郡]][[京極町]]字京極にあった[[日本国有鉄道]](国鉄)[[胆振線]]の[[鉄道駅|駅]]([[廃駅]])である{{R|停車場}}。[[電報略号 (鉄道)|電報略号]]は'''ケフ'''。胆振線の[[廃線]]に伴い[[1986年]](昭和61年)[[11月1日]]に廃駅となった{{R|官報86}}
 
[[1980年]](昭和55年)9月まで運行されていた[[急行列車|急行]]「[[胆振線#急行「いぶり」|いぶり]]」の停車駅であった。
 
== 歴史 ==
* [[1919年]](大正8年)[[11月15日]] - '''[[鉄道省|鉄道院]]京極軽便線'''倶知安駅 - 当駅間開通に伴い開業。[[日本の鉄道駅#一般駅|一般駅]]{{R|停車場}}
* [[1920年]](大正9年)[[7月15日]] - 当駅 - [[脇方駅]]間延伸開通(京極軽便線全通)に伴い中間駅となる。
* [[1922年]](大正11年)[[9月2日]] - 線路名を'''京極線'''に改称、それに伴い同線の駅となる。
* [[1941年]](昭和16年)[[9月27日]] - 胆振鉄道が'''[[胆振縦貫鉄道]]'''に譲渡(合併)される。
* [[1943年]](昭和18年)7月 - 駅舎改築{{Sfn|京極町史編纂委員会|1977|p=824}}。
* [[1944年]](昭和19年)[[7月1日]] - 胆振縦貫鉄道が[[戦時買収私鉄|戦時買収]]により国有化、線路名を'''胆振線'''に改称{{R|停車場}}。同時に京極線を胆振線に編入。それに伴い同線の駅となる。転車台廃止{{Sfn|京極町史編纂委員会|1977|p=823}}。
* [[1970年]](昭和45年)[[11月1日]] - 当駅 - 脇方駅間の支線が廃止される。
* [[1980年]](昭和55年)[[5月15日]] - 貨物取扱い廃止{{R|停車場}}
* 時期不詳{{refnest|group="注"|name="ekigyoumu"|1981年(昭和56年)4月時点では業務委託駅であった<ref>『コロタン文庫36 国鉄駅名全百科 56.4訂補版』小学館、[[1981年]]、p.60</ref>。}} - [[日本の鉄道駅#業務委託駅|業務委託]]化。
* [[1984年]](昭和59年)[[2月1日]] - [[チッキ|荷物]]取扱い廃止{{R|停車場}}
* [[1986年]](昭和61年)11月1日 - 胆振線の廃線に伴い廃止となる{{R|官報86}}
 
== 駅跡 ==