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'''タイノ族''' (Taíno) は、[[アラワク族]]語系に属する[[キューバ]]、[[イスパニョーラ島]]（[[ハイチ]]と[[ドミニカ共和国]]）、[[プエルト・リコ]]、そして[[ジャマイカ]]を含む[[大アンティル諸島]]と[[バハマ諸島]]に先住していた[[インディアン]]民族である。日本語表記では'''タイノ人'''もある。
タイノ人についての文字による記録は、コロンブスと、16世紀にイスパニョーラ島とプエルト・リコ島に滞在したヨーロッパ人の見聞をもとにしている。そのため研究はこの2島に関するものが中心となっている{{Sfn|ラウス|2004|pp=12-13}}。タイノ族の起源は[[アンデス山脈|アンデス]]の部族、特に{{仮リンク|コラ族|en|Kolla people|es|Kolla}}の可能性がある。タイノ人が使った[[タイノ語]]は、[[南アメリカ]]から[[カリブ海]]までの広範囲で使用されたアラワク語族である。このため南アメリカからアラワク族が航海してきたものと見られる{{Sfn|ラウス|2004|p=42}}。
[[image:Flag of the Jatibonicu Taino Tribal Nation.svg|thumb|right|200px|プエルト・リコのジャチボニク・タイノ族の部族国旗]]
タイノ人という呼称は、1492年にコロンブスが到着した時点では存在せず、それぞれの島ごとに自称していた。たとえばプエルト・リコ島のタイノ人はボリンクエン、バハマ諸島のタイノ人は小さい島を意味するルカヨを自称していた。タイノという単語はタイノ語で「善」や「高貴」を意味しており、別の民族である{{仮リンク|グアナハタベイ人|en|Guanajatabey}}や[[カリブ族]]（アイランド・カリブ人）と区別する自称として使われていた。これがのちに学者によってタイノ人として総称されることになった{{Sfn|ラウス|2004|pp=7-8}}。
タイノ人は、大西洋を渡ってきたコロンブスの船団に最初に接触した西半球の人々だった。スペイン人との間に、[[コロンブス交換]]とも呼ばれる病気、穀物、工芸品、習慣などのやりとりがあり、病気や強制労働によって人口が減少した{{Sfn|ラウス|2004|pp=36}}。長らく絶滅したとされてきたが、DNAの調査によってタイノ人に連なる人々がいることが判明した<ref name=natgeo20191020 />。
== 地理 ==
[[File:West-Indies.png|thumb|バハマ諸島（黄緑）、大アンティル諸島（黄色）、小アンティル諸島（赤色）]]
=== 自然環境 ===
[[西インド諸島]]は南米の[[オリノコ川]]の河口の[[トリニダード島]]・[[トバゴ島]]から中米の[[ユカタン半島]]、北米の[[フロリダ半島]]にかけて分布している。西インド諸島の連なりは大きく3つに分かれており、[[バハマ諸島]]、[[大アンティル諸島]]、[[小アンティル諸島]]がある{{Sfn|ラウス|2004|pp=2-3}}。
天候と植生は、ほぼ全島が熱帯に属する{{efn|大アンティル諸島の山岳と、バハマ諸島の北部をのぞく{{Sfn|ラウス|2004|p=7}}。}}。海洋の生物種は魚介類、水鳥、[[マナティ]]、[[海亀]]などが豊富だった。陸上の動物は、キューバ島とイスパニョーラ島にはナマケモノが生息していたが最初の定住者の狩猟によって絶滅したと推測される。他の島には、ウティアと呼ばれる[[ネズミ]]や[[イグアナ]]を超える大きさの動物は生息していない。植物は[[ヤシ]]、[[グアバ]]、[[ソテツ]]が豊富だった{{Sfn|ラウス|2004|pp=6-7}}。
カリブ海は長さ1500マイル、幅が350マイルにおよぶ。この地域に住んでいた人々はカリブ海を横断するのではなく、鎖状に連なる島々を伝って移動したと考えられている{{Sfn|ラウス|2004|pp=2-3}}。
=== 区分 ===
[[File:Taínos.svg|right|thumb|諸集団の位置。クラシック・タイノ（赤）、ウェスタン・タイノ（オレンジ）、イースタン・タイノ（ピンク）、グアナハタベイ人（灰色）、アイランド・カリブ人（緑色）。]]
タイノ人はバハマ諸島と大アンティル諸島の全域、小アンティル諸島の北部に住んでいた記録がある{{Sfn|ラウス|2004|pp=7-8}}。イスパニョーラ島とプエルト・リコ島は最も人口が多く文化的に複雑で、クラシック・タイノとも呼ばれる。ジャマイカ島、キューバ島、バハマ諸島の住人をウェスタン・タイノ、東と南の島々の住人をイースタン・タイノとも呼ばれる。イスパニョーラ島とプエルト・リコ島の西にある島の住人はサブ・タイノ人とも呼ばれる{{Sfn|ラウス|2004|p=10}}。人口は、かつてのスペインの記録では、イスパニョーラ島に10万人から100万人、プエルト・リコ島とジャマイカ島に合わせて60万人が住んでいたとされていた{{Sfn|ラウス|2004|p=10}}。2020年に発表された研究によれば、遺伝子データをもとにしたところイスパニョーラ島の人口は数万人だったとされる<ref name=natgeo20201226>{{Cite news|url=https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/122500761/ |title=カリブ最初の民はほぼ絶滅していた、南米から侵入者 |last= |first= |date=2020-12-26 |work=ナショナルジオグラフィック |access-date=2021-04-08 |language= |issn=}}</ref>。
キューバ島の西部には、別の民族である{{仮リンク|グアナハタベイ人|en|Guanajatabey}}が住んでおり、[[グアドループ島]]にはカリブ族（アイランド・カリブ人）が住んでいた{{Sfn|ラウス|2004|pp=7-8}}。
== 歴史 ==
考古学による土器の研究によると、タイノ人の文化的な祖先はオリノコ川の三角州からギアナとベネズエラ海岸に着いたのち、西インド諸島へと進んで原始的な住民を支配下においたとされる{{Sfn|ラウス|2004|pp=52-55}}。歴史時代のタイノ人は、オスチオノイド・シリーズと呼ばれる様式にそって土器を作っており、起源をたどる証拠となった{{efn|土器の研究によれば、クラシック・タイノの祖先はチカン・オスチオノイド・サブシリーズ、ウェスタン・タイノの祖先はメイヤカン・オスチオノイド・サブシリーズ、イースタン・タイノの祖先はエレナン・オスチオノイド・サブシリーズに属している{{Sfn|ラウス|2004|p=52}}。}}。
=== タイノ人以前 ===
タイノ人が来る以前の西インド諸島は、[[紀元前7000年]]から[[紀元前6000年]]には中米や南米から人間が移住していた<ref name=natgeo20201226 />。[[紀元前4000年]]頃に石器時代またはパレオ・インディアン時代が始まり、[[中米]]から移住したカシミロイドと呼ばれる民族集団によって[[剥片石器]]が使われていた{{Sfn|ラウス|2004|pp=74, 78-79}}。カシミロイドはイスパニューラ島を中心に陸型の生活をおくり、季節に応じて移動していた{{Sfn|ラウス|2004|pp=93-94, 103}}。カシミロイドの狩猟によって、イスパニョーラ島のナマケモノなどの大型動物は絶滅したと推測される{{Sfn|ラウス|2004|pp=107-108}}。
[[紀元前2000年]]頃に原始的時代またはメソ・インディアン時代が始まり、南米から移住したオルトイロイドと呼ばれる民族集団によって[[磨製石器]]・[[骨角器|骨器]]・貝殻を研磨した器具が使われていた{{Sfn|ラウス|2004|pp=74, 78-79}}。オルトロイドはプエルト・リコ島を中心に陸型の生活をおくり、海岸線に定住した{{Sfn|ラウス|2004|pp=102-103}}。
カシミロイドとオルトイロイドは[[モナ海峡]]をはさんで生活しており、交流があったと推測される。カシミロイドの技術である[[フリント]]を素材にした道具の痕跡がプエルト・リコ島でも発見されている{{Sfn|ラウス|2004|pp=103-104}}。
=== タイノ人の祖先の移住 ===
タイノ人の祖先にあたる民族集団はサラドイドやオスチオノイドと呼ばれる。サラドイドは土器文化で農耕を行なっており、南米から西インド諸島に移住し、カシミロイドとオルトイロイドの境界まで定住を進めた。サラドイドは地域別に発展し、(1) トリニダード島・トバゴ島、(2) ウインドワード諸島、(3) リーワード諸島・バージン諸島、(4) バージン諸島以外の大アンティル諸島とバハマ諸島に分かれて独自の習慣を作り上げた{{Sfn|ラウス|2004|pp=110-111}}。南米に残ったサラドイドもおり、トリニダード島・トバゴ島などで交易用に送った土器が発見された{{Sfn|ラウス|2004|pp=131-132}}。サラドイドは西インド諸島と南米に分かれたのち、トバゴ島、ビエケス島、モントセラート島の[[交易港]]を経由して交流を続けた{{Sfn|ラウス|2004|pp=164-165}}。
サラドイドは[[紀元前200年]]頃にプエルト・リコ島に到達し、[[250年]]以降にイスパニョーラ島に進出した。サラドイド文化は[[400年]]頃に最終期を迎え、[[600年]]頃にオスチオネス文化に代わった{{Sfn|ラウス|2004|pp=144-145}}。サラドイドは先住者のオルトイロイドにとって代わり、オスチオノイドはカシミロイドにとって代わった{{Sfn|ラウス|2004|pp=113, 171-172}}。
=== タイノ人の成立 ===
クラシック・タイノのもととなったチカン文化がイスパニョーラ島の南西端を除く全島に広まった{{Sfn|ラウス|2004|p=172-173}}。サラドイド文化は[[600年]]から[[900年]]の間に発達し、[[1200年]]以降に成熟した{{Sfn|ラウス|2004|p=195}}。
盛り土を使う農耕はイスパニョーラ島のシバオ川流域で始まり、プエルト・リコ島やジャマイカ島に拡散していった。チカン式の土器はイスパニョーラ島の東端で始まり、プエルト・リコ島とセント・クロイ島、キューバ島へと伝わった。公共建築物であるダンス用のコート、球技場などはチカン文化で複雑化し、東はセント・クロイ島、西はイスパニョーラ島からキューバ島、バハマ諸島まで伝わった。チカン式土器や公共建築物は発祥地から遠方になるにつれて単純化している{{Sfn|ラウス|2004|pp=216-217}}。ダンスや球技に使われたと考えられる最古の建築物は、600年から900年頃のものが発見されている{{Sfn|ラウス|2004|p=181}}。広場は西に伝わるにつれて大型化し、数は減っていった{{Sfn|ラウス|2004|p=185}}。
[[File:Carte taïno de St Domingue.tif|right|thumb|15世紀のイスパニョーラ島のタイノ人の勢力図]]
=== 15世紀から19世紀 ===
[[1492年]]にスペインを出港したコロンブスの船団は10月12日にバハマ諸島に到着し、タイノ人がグワナアニと呼んでいた島を[[サン・サルバドル島]]と呼んだ{{Sfn|ラウス|2004|pp=227-228}}。コロンブスは[[インド洋]]の東側に着いたと考えていたため、タイノ人を[[インディオ]]（インド人）と呼んだ{{Sfn|ラウス|2004|p=2}}。
のちにキューバ島やイスパニョーラ島に着いたコロンブスは、[[1493年]]の2回目の航海以降にスペインの植民地の建設を始めた{{Sfn|ラウス|2004|pp=230-233}}。当時のイスパニョーラ島は5つの[[カシケ]]と呼ばれる指導者に分かれていた。スペイン人はこれを王国と呼んだ{{Sfn|ラウス|2004|p=2}}。タイノ人のカシケとして、次のような人物が記録されている。イスパニョーラ島では、マグアの{{仮リンク|グアリオネクス|en|Guarionex}}、マリエンの{{仮リンク|グアカナガリー|en|Guacanagaríx}}、マグアナの{{仮リンク|カオナボー|en|Caonabo}}、セラグアの{{仮リンク|アナカオナ|en|Anacaona}}、イグアナマー（{{lang|es|Iguanamá}}）らが治めていた。キューバ島では[[アトゥエイ]]が治めていた{{Sfn|ラス・カサス|2013|pp=43, 45, 46, 48, 58, 92}}。
[[File:Hatuey monument, Baracoa, Cuba.JPG|right|thumb|キューバ島の指導者アトゥエイ]]
コロンブスは1494年にイスパニョーラ島で金鉱の採掘を始めて、スペインの兵士たちは略奪や女性への性暴力を行なった。カシケのカオナボーは捕らえられてスペインに送られる途中で死亡した。カオナボーの兄弟やグアカナガリーらは1495年にコロンブスに対する反乱を起こしたが、鎮圧された{{Sfn|ラウス|2004|pp=243-244}}。コロンブスはシバオ川流域の首長に納税を強制し、[[1947年]]にはグアリオネクスをはじめとする14人の首長がスペインへの攻撃を計画したが失敗し、グアリオネクスはコロンブスの弟{{仮リンク|バルトロメ・コロンブス|en|Bartholomew Columbus}}に捕らえられて死亡した{{Sfn|ラウス|2004|p=247}}。金鉱からは目的の量が採掘できなかったため、コロンブスの統治は失敗し、[[1500年]]にスペイン国王の[[イサベル2世 (スペイン女王)|イサベル2世]]はコロンブスと弟2人をスペインに送還した{{Sfn|ラウス|2004|p=241}}。セラグアのアナカオナは、[[1503年]]に訪問してきた総督の[[ニコラス・デ・オバンド]]をもてなしたが、オバンドはアナカオナを捕らえて絞首刑とした{{Sfn|ラウス|2004|pp=248-249}}。イスパニョーラ島でタイノ人の独立した首長はいなくなり、[[1512年]]にはキューバ島のアトゥエイも処刑された{{Sfn|ラス・カサス|2013|pp=58-61}}。
こうして[[コンキスタドール]]と呼ばれたスペイン人の征服と虐殺により、タイノ人の人口は減少していった。運命をはかなんで自殺する者も多かった。1514年の人口調査では労働可能な人口は22726人であり、[[1519年]]の[[天然痘]]の流行でさらに減少した{{Sfn|ラウス|2004|p=255}}。[[1533年]]にスペイン王室がインディオの奴隷の解放を定めたが、インディオの奴隷を手放したくないスペイン人は書類の表記をアフリカ人に変えた。こうしてタイノ人の中にはアフリカ人として記録される者も多数にのぼり、[[1565年]]の人口調査ではイスパニョーラ島のインディオの人口は200人に減った。こうした行為は「紙上の大量虐殺」とも呼ばれている<ref name=natgeo20191020>{{Cite news|url=https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/stories/19/101600066/ |title=歴史から抹殺されたカリブのタイノ族、復活の肖像、写真8点 |last= |first= |date=2019-10-20 |work=ナショナルジオグラフィック |access-date=2021-04-08 |language= |issn=}}</ref>。スペイン人は、当初女性を連れて来なかったため、1514年の人口調査ではスペイン人男性の40%がタイノ人の妻をめとっており、[[メスティーソ]]の子供ができた{{Sfn|ラウス|2004|p=256}}。スペイン人による[[プランテーション]]での使役や疫病により、タイノ人の社会は消滅した。[[1802年]]にはカリブ海全域で書類上のインディオは1人もいないとされた<ref name=natgeo20191020 />。
=== 20世紀以降 ===
タイノ人の末裔を名乗る人々は、[[ドミニカ共和国]]、[[プエルト・リコ]]、[[キューバ]]{{Sfn|ラウス|2004|p=260}}、[[アメリカ合衆国]]の[[ニューヨーク]]などに生活している<ref name=natgeo20191020 />。[[DNA]]の調査によって、プエルト・リコ人の61%、ドミニカ人の23%から30%、キューバ人の33%にタイノ人のDNAが含まれていると判明した{{efn|1000年前のバハマ諸島の頭骨の歯からDNAを抽出する研究が、2016年に成功した<ref name=natgeo20191020 />。}}。プエルト・リコでは国勢調査の人種欄にインディオまたは先住民という選択肢が加わり、33000人がインディオを選択した。タイノ人について「絶滅」と記述していた歴史書の中には表現を変更したものもある<ref name=natgeo20191020 />。
== 文化 ==
=== 言語 ===
[[タイノ語]]はアラワク語族に含まれる言語であり、アラワク語族の分布状況からみて[[アマゾン川]]流域が起源とする説がある。アマゾン川流域で誕生したプロト・アラワク語は、[[紀元前1000年]]頃にオリノコ川流域でプロト・ノーザン語となり、プロト・ノーザン語を使う人々の一部が大アンティル諸島で暮らすうちにタイノ語を誕生させた{{Sfn|ラウス|2004|pp=60-63}}。イスパニョーラ島のシグアヨ・タイノ人は、他のタイノ人と異なる1つか2つの言語を使っていたという研究もある。しかし、これが別の言語なのか方言であるかを判断する言語学的証拠はない{{Sfn|ラウス|2004|p=10}}。
タイノ人が絶滅したために詳しい語彙は記録されていない。現存するタイノ語は土地、工芸品、活動、宗教に関するものが多い{{Sfn|ラウス|2004|p=56}}。
=== 家族制度 ===
[[File:Reconstruction of Taino village, Cuba.JPG|thumb|right|250px|キューバのタイノの村の再現]]
家系は[[母系制]]であり、財産・階級・長の地位などは母方から受け継いだ。男性は母方の家に住み、1人以上の妻を持つことが多かった。男性は妻を自分の村か近隣の村からめとったが、首長は政治的な理由で遠方の者から配偶者を迎えることもあった。妻となる女性の家から女性がいなくなる不利益の穴埋めとして、夫となる男性が一定期間仕える習慣があった{{Sfn|ラウス|2004|pp=24-25}}。
=== 建築 ===
コロンブスがイスパニョーラ島とプエルト・リコ島で見た村は、平均1000人から2000人が住んでいた。家屋は1軒の村から多くて20軒から50軒あり、血縁の数家族が同居していた。木造で草葺き屋根の建物で、カネイ（caney）と呼ばれる円形の壁に円錐形の屋根をしていた。床はなく同居する家族を分ける仕切りはなかった。休むときはロープで作った[[ハンモック]]を使った。所有物は天井と壁に吊るした籠に入れていた。首長の家は一段大きく、ボイオ（bohio）と呼ばれる長方形の建物もあった{{Sfn|ラウス|2004|pp=13-14}}。
=== 食文化 ===
[[File:Taíno women preparing cassava bread.png |thumb|right|キャッサバのパンを作るタイノ人の女性]]
主食である[[キャッサバ]]の根をすりおろし、毒性の液を絞って粉にしてパンを作った。キャッサバは湿度などの条件が異なる土地でも育ち、10ヶ月から12ヶ月で収穫でき、3年間は土中で保存できた。[[トウモロコシ]]はそのままかじって食べた。カリブ海を隔てた中米ではトウモロコシを粉にして[[トルティーヤ]]として食べていたが、熱帯ではトルティーヤは保存に適さないために普及しなかった。果物では[[グアバ]]や[[ヤシ]]が食された。動物性タンパク質は、魚介類や[[カメ]]、[[オウム]]、イグアナ、マナティーなどを食べた。鍋料理としては、キャッサバ・野菜・魚や肉を煮た胡椒鍋があり、魚や肉は串焼きでも食べた{{Sfn|ラウス|2004|pp=17-19}}。
=== 衣服 ===
男性は裸体に木綿の腰布で前を覆った。未婚女性はヘッドバンドをつけ、既婚女性はナグア（nagua）と呼ばれる短いスカートをはいた。スカートの長さで身分の高さを表現した。儀式においてはボディペイントを施し、戦いにおいて男性は主に赤色を選んだ。装身具は腰の帯、首飾り、耳や鼻の穴を開けて身につけた。身分を表すものとして、首長は金や羽毛の頭飾りをつけており、グアイザ（guaiza）と呼ばれる人面のペンダントもあった。[[頭蓋変形]]として、幼児期に額を平らにする習慣があった{{Sfn|ラウス|2004|pp=15-16}}。
=== 工芸 ===
[[File:Duho stool.jpg|thumb|right|木製の腰掛け、ドウオ]]
木工、陶芸、木綿、彫刻、金細工などの技術をもつ職人がいた。金は掘り出したものを延板にして保管した。金属の鋳造技術はなく、銅と金の合金を南米の交易で手に入れて首長の装飾品にした。道具としては火おこし棒、木製のドラム、石斧、喫煙用の細い管、運搬用の天秤棒などが記録されている{{Sfn|ラウス|2004|pp=15-16}}。首長や地位の高い人間はドウオ（duho）と呼ばれる木製の腰掛けを使った{{Sfn|ラウス|2004|pp=13-14}}。首長の彫刻や腰掛けには、金箔の[[象嵌]]を施したものもあった{{Sfn|ラウス|2004|p=195}}。
=== スポーツ ===
[[File:Parco Cerimoniale Indigeno di Caguana.jpg|thumb|right|バテイと呼ばれる球技場]]
タイノ人は[[天然ゴム|ゴム]]から作ったボールで球技を行なった。バテイ（batey）と呼ばれる球技専用の広場があり、長方形だったとされる。1チームは10名から30名で、テニスの試合のように球技場の両側に立ち、交互にサーブをし、手と足を使わずにボールを受けて弾ませた。球技は男女別に行われた{{Sfn|ラウス|2004|pp=22-23}}。
球技場からは石の輪と肘石が発見されている。石の輪は人間の胴体に合わせた円形であり、肘石は紐をつけて円形にした。中米で似たようなものが発見されており、競技者がボールから身を守ったりボールをそらすために使われたと推測されている{{Sfn|ラウス|2004|pp=184}}。
ゴムボールの球技は、タイノ人の他に南北アメリカの熱帯地域で行われており、他の地域では未整備の球技場で行われているところも多い。競技専用の球技場があるのは、[[マヤ族]]、マヤの近隣部族である{{仮リンク|ホホカム|en|Hohokam}}、タイノ人の中央部などである{{Sfn|ラウス|2004|pp=180-181}}。
=== 宗教 ===
[[File:Taino - Zemi - Walters 20056 - Left Side.jpg|thumb|right|セミ像]]
タイノ人の信仰はセミ（zemi）と呼ばれる神が中心となった。セミという語は神そのものを指す他に、偶像、遺骨や霊を宿す天然材料も指す。最高位の神にはユカフとアタベイがおり、ユカフはキャッサバと海の神で収穫を願う者が祈った。アタベイはユカフの母親である真水と多産の神で、安産を願う者が祈った{{Sfn|ラウス|2004|pp=19-20}}。バイブラマという男性のセミは、キャッサバの生育を助け、キャッサバの毒にあたった者を救う力があった。犬の神オピエルゴウビランは死者の霊を見守った。雨の神ボイナイェルと好天の神マロフは双子だった{{Sfn|ラウス|2004|pp=188-190}}。その他に祖先の霊や樹木や岩に宿る霊がある{{Sfn|ラウス|2004|pp=19-20}}。
セミは偶像の他に装飾として土器、工芸品、装身具、入れ墨に使い、岩に彫刻された。セミ像は壁の窪みやテーブルに置かれ、タイノ人は複数のセミ像を持ち、遺品や贈り物、交易にも使った{{Sfn|ラウス|2004|pp=19-20}}。セミ像の素材は木製が多く、石製は少ない。木綿製のセミ像は1体だけ現存している。セミ像の高さは約2フィートで、姿は人間の他に獣、鳥、魚もあった。頭頂部には幻覚性の嗅ぎタバコを置く皿がついており、宗教的な儀式では管を鼻に差し込んでタバコを吸った{{Sfn|ラウス|2004|pp=188-191}}。
== 交通 ==
陸上の移動では庶民は徒歩、首長は[[輿]]に乗った。海上の移動にはカヌーを使った。カヌーは丸太を焦がして石斧で掘る作業によって建造された。カヌーの操作ではスペード型の櫂を使った。首長は最大のカヌーを所有し、彫刻と彩色を施していた。コロンブスの記録では、カヌーには最大で1隻に150人が乗っていたという{{Sfn|ラウス|2004|p=23}}。
== 経済 ==
=== 農耕 ===
作物はキャッサバが主食であり、その他の食用作物として、バタタ（batata）と呼ばれる[[サツマイモ]]、トウモロコシ、[[カボチャ]]、[[マメ]]、[[コショウ]]、[[ピーナッツ]]があった。熱帯の森林を[[焼畑]]で開墾する方法と、盛り土のある畑で長期間の栽培をする方法があった。作物によって方法を変えており、たとえばトウモロコシは焼畑で栽培した。盛り土は畑はコヌコ（conuco）と呼ばれ、高さ約3フィート、円周約9フィートを規則的に並べて水はけや土壌を保つ工夫をした。イスパニョーラ島の南西部は乾燥しており、[[灌漑]]も行われていたとされる。家屋の周囲には、[[パイナップル]]などの果物、[[ヒョウタン]]、[[ワタノキ]]、[[タバコ]]が植えられ、タバコは喫煙に使った{{Sfn|ラウス|2004|pp=17-18}}。
=== 漁 ===
魚やマネティーを捕るために、網、[[ヤス]]、鉤、釣り糸などを使った。[[梁 (漁具)|やな]]に魚を誘い込んだり、毒で魚を痺れさせる漁も行われた{{Sfn|ラウス|2004|p=19}}。
=== 交易 ===
交易のために個人や集団によるカヌーの航海が行われた。特定の産物を運び、たとえばハイチのゴナベ島は木製の鉢の産地だった。モナ海峡では毎日のようにイスパニューラ島とプエルト・リコ島で交易の往来があった{{Sfn|ラウス|2004|p=25}}。
== 政治 ==
[[File:Vida y viajes de Cristóbal Colón-1852-Honores Tributados à la Reina Anacaona.png |thumb|right|イスパニューラ島のセラグアの指導者である{{仮リンク|アナカオナ|en|Anacaona}}。]]
村は地区ごとに首長の組織に統合された。地区の村長から選ばれた者が長となり、さらに地区の首長から最も優れた者が地域の首長となった。村人の階級はニタイノ（nitaino）とナボリア（naboria）があり、ヨーロッパ人は貴族と平民として解釈した。ヨーロッパ人が奴隷と考える存在は確認できなかった{{Sfn|ラウス|2004|p=15}}。
首長になる資格は性別に関係はなかった。首長は専用の家に住み、木製の椅子や大きなカヌー、輿のような乗り物を持っていた。村人の生活を組織し、物資の貯蔵、他の村との交流などの責任を負った。余剰物資は専用の建物に貯蔵され、村人に[[再配分|配分]]された。祭りにおいては宴会と踊りを主宰し、歌唱の指揮をした{{Sfn|ラウス|2004|p=24}}。
宣戦布告の会議は首長と貴族が出席し、攻撃の先頭に立つ首長が選ばれ、貴族が護衛をした。戦いでは身体を赤く塗り、セミの小像を額につけて踊りを踊った。武器はマカナと呼ばれる棍棒、槍、弓矢が使われた{{Sfn|ラウス|2004|p=25}}。
== 影響 ==
=== 食物 ===
タイノ人の主食だったキャッサバは、ヨーロッパ人によってアフリカの[[サブサハラ]]と呼ばれる地域に運ばれた。乾燥に強く長期保存がきく作物としてアフリカでもキャッサバは広まり、インドや東南アジアでは稲作に適さない土地で栽培されるようになった。トウモロコシ（メイズ）はスペイン人が自国に持ち帰ったのちに地中海や中央ヨーロッパへ伝わった。サツマイモ、カボチャ、ピーナッツ、グアバ、パイナップルなどもタイノ人から伝わった{{Sfn|ラウス|2004|pp=275-276}}。
=== 技術 ===
タバコと球技で使っていたゴムもヨーロッパに伝わり、ゴムボールと球技場はさまざまな形で発展していった。カヌーやハンモックは、スペイン人が文化として取り入れたのちに世界に広まった{{Sfn|ラウス|2004|p=276}}。
=== 言語 ===
{{main|タイノ語#語彙}}
タイノ語から他の言語に引き継がれた単語があり、英語では[[バーベキュー]]、[[ハンモック]]、[[カーニバル]]、[[サバンナ]]などがある{{Sfn|ラウス|2004|p=277}}。
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Reflist|group="†"|}}
{{Notelist|2|}}
=== 出典 ===
{{Reflist|3|}}
== 参考文献 ==
* {{Citation| 和書
| author
| translator = 杉野目康子
| year = 2004
| title
| publisher
| series = 叢書ウニベルシタス
| isbn
| ref={{sfnref|ラウス|2004}}
}}（原書 {{Citation2
| language = en
| last = Rouse
| first = Irving
| year = 1992
| title = The Tainos: Rise and Decline of the People Who Greeted Columbus
| publisher = Yale University Press
| isbn =
}}）
* {{Cite book|和書|author=[[バルトロメ・デ・ラス・カサス]]|others=[[染田秀藤]]訳|date=2013-08-20|title=[[インディアスの破壊についての簡潔な報告]]|series=岩波文庫 青427-1|publisher=岩波書店|isbn=|url=|ref={{Harvid|ラス・カサス|2013}}}}（原書 {{Citation2
| language =
| author= Bartolomé de las Casas
| year =
| title = Brevísima relación de la destrucción de las Indias
| publisher =
| isbn =
}}
== 関連文献 ==
* [[エリック・ウィリアムズ]]『コロンブスからカストロまで（I） カリブ海域史，1492－1969』岩波書店〈岩波現代文庫〉、2014年
* [[山田睦男]], [[増田義郎]]編『《新版世界各国史》25.ラテンアメリカ史Ⅰ メキシコ・中央アメリカ・カリブ海』山川出版社、1999年。
== 関連項目 ==
* [[アラワク族]]
* [[インディアスの破壊についての簡潔な報告]]
* [[カリブ史]]
* [[スペインによるアメリカ大陸の植民地化]]
== 外部リンク ==
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*United Confederation of Taino People (International organization) http://www.uctp.org/
*[https://web.archive.org/web/20071013032642/http://www.taino-tribe.org/terms1.htm ''Taino Diccionary''], A dictionary of words of the indigenous peoples of caribbean from the encyclopedia "Clásicos de Puerto Rico, second edition, publisher, Ediciones Latinoamericanas. S.A., 1972" compiled by Puerto Rican historian Dr. Cayetano Coll y Toste of the "Real Academia de la Historia".
{{Authority control}}
{{デフォルトソート:たいのそく}}
[[Category:カリブ海諸島の民族]]
[[Category:キューバの民族]]
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