「大鵬幸喜」の版間の差分

* 横綱土俵入りは、肘を少し曲げ伸ばししながら掌を返すことが特徴だった。非常にテンポの遅い土俵入りを行っていたことでも知られており、大抵2分余り、現役最終盤の時期にあたる1970年から1971年に至っては3分を超えるまでになった。しかし1963年3月場所後に行われた[[若乃花幹士 (初代)|二子山]]<ref>大鵬の土俵入りの指導は二子山(初代若乃花、大鵬の昇進当時は現役)が行った。</ref>の談話で概して「せり上がりに区切りが無く、中段が早すぎる。柏手を打つときに首を振る癖がある。内側に向けて四股を踏むのも良くない」と立て続けに駄目出しされるなど、少なくとも横綱初期においては土俵入りが下手という評判であった<ref>「大相撲」1963年4月号</ref>。
* 土俵入りについては、横綱昇進直後の[[静岡県]][[島田市]]での巡業の際に東から土俵に上がったにもかかわらず、左足で四股を踏んだ後、帰る段に引く足を間違えて逆の西方を向いてしまうという失態を演じており、これも影響して、以後しばらくは土俵入りには相当神経を使い、土俵入りを終えた後は毎回[[汗]]びっしょりになっていたという。また、横綱昇進直後の土俵入りは1分10秒程度で終わっており、親しい新聞記者から「早すぎて締まりがない」と指摘されて、以後間合いを持たせるように留意した。その後、土俵入りの時間は次第に長くなっていったが、それでも本人は「引退までギクシャクした感じがあった」と語っている<ref>「大鵬自伝」P122-124</ref>。
* 大鵬の娘で元養子・貴闘力の元妻・納谷美絵子の証言によると、大鵬が死去した際に貴闘力の次男はまだ中学生で、結局大鵬が貴闘力の息子達に相撲を始動する機会は無かったという<ref>[https://www.news-postseven.com/archives/20210803_1679434.html?DETAIL 元横綱・大鵬が娘に遺した言葉「お前は何も悪くない。堂々としてなさい」(1/2ページ)] NEWSポストセブン 2021.08.03 16:00 (週刊ポスト2021年8月13日号より、2021年8月7日閲覧)</ref>。
* 貴闘力のギャンブル好きは娘・美絵子が貴闘力と交際を始めた当初から大鵬の知るところであったようであり、彼のギャンブル癖を心配していた。また、彼が相撲協会を解雇された際に「お前は何も悪くない。堂々としてなさい」と美絵子に声をかけ、以降も度々「堂々としていなさい」と言い続けていた<ref>[https://www.news-postseven.com/archives/20210803_1679434.html/2 元横綱・大鵬が娘に遺した言葉「お前は何も悪くない。堂々としてなさい」(2/2ページ)] NEWSポストセブン 2021.08.03 16:00 (週刊ポスト2021年8月13日号より、2021年8月7日閲覧)</ref>。
 
=== 人気力士・横綱として ===