「ハイドンの名によるメヌエット」の版間の差分

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{{クラシック音楽}}
'''ハイドンの名によるメヌエット'''(Menuet(Menuet sur le nom d'Haydn)Haydn)は、'''[[モーリス・ラヴェル]]'''作曲のピアノ作品。[[1909年]]作曲。あるパリ音楽雑誌が、作曲家年は[[フランツ・ヨーゼフ・ハイドン]]没後100年に当たるため、パリの音楽雑誌「SIM」は没後100周年記念号を企画た特集号の際にラヴェルを含む五6人の作曲家に「ハイドン」にちなんだピアノ曲を作曲するよう依頼したその1人がラヴェルはそれに応じ、「HAYDN」というスペルを音に置き換えだったわけであという手法で作曲をした
 
ちなみに5人の中に作曲家[[クロード・ドビュッシー]]も含まれており、彼はこの時に「ハイドン賛」作曲し讃え」)、[[ポール・デュカス]](「ハイドンの名によ悲歌的前奏曲」)、[[レイナルド・アーン]]、[[ヴァンサン・ダンディ]]、[[シャルル=マリー・ヴィドール]]であった
 
== 作曲手法 ==
「HAYDN」の5文字をそれぞれ音に置き換え、その音列を使用して作曲している。音に置き換える法則は以下の通り。
 
*まず、それぞれのアルファベットは以下の音にあたる。
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*しかし「H」はドイツ語で「シ」を意味するため、Hをシとし、Iをその1つ下の行に繰り下げる。そうして次以降は、再度順々にあてはめる。
 
{| border="1" cellspacing="0" cellpadding="6"
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|  V ||  W ||  X ||  '''Y''' ||  Z || ||
|}
 
 
こうした規則で出来上がる「HAYDN」の音は「BADDG」、つまり「'''シラレレソ'''」となる。
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== 曲調 ==
ラヴェルのメヌエット形式の曲は、[[1895年]]の「[[古風なメヌエット]]」、[[1901年]]の「[[ソナチネ]]」の第2楽章などが有名である。上記の2作に比べては小作ということや、用意された音列という音の制約もあるために、旋法的な音階などの音はあまり聞こえない。だが彼が確立した[[印象主義音楽|印象主義]]の語法はこの曲でも垣間見られ、彼独自の和声は2分ほどの短い曲の中にも多く登場する。また、同時期に作曲された[[マ・メール・ロワ]]とも近似するかのようにも思わせる。
 
== その他 ==
この手法でラヴェルによって作曲された作品がもう1つある。[[1922年]]には「[[フォーレの名による子守歌]]」という室内楽曲で、その中では「Gabriel Faure」というアルファベットを、上記の方法によってそれぞれあてはめた音列が使用されている。