「多田等観」の版間の差分

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== 経歴 ==
=== 出生からチベット僧との出会い ===
[[秋田]][[土崎港]]の西船寺の住職の3男として生まれる。家庭が6男2女の子だくさんであまり豊かではなかったため、小学校卒業時から檀家回りをして家計を助ける。秋田県立秋田中学校(現在の[[秋田県立秋田高等学校]])卒業後、勉学のため京都にのぼり[[西本願寺]]に入籍、法要を手伝うようになる。第二十二世法主の[[大谷光瑞]]にその才覚を認められ、[[ダライ・ラマ13世]]が派遣した[[チベット]]の高僧ら留学生3人の世話役と日本語教師を任される。等観はその過程で[[チベット語]]を習得してしまうが、逆に3人には完璧な[[秋田弁]]を仕込んでしまったため日本語教師の役を外されてしまう。
 
=== インドを経てチベットへ ===
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