「山川健次郎」の版間の差分

* 会津藩に対する忠誠心は壮年期以降は「'''愛国心'''」に転じ、[[日露戦争]]の時にはすでに東大総長であったにも関わらず陸軍に「'''一兵卒として従軍させろ'''」と押し掛け、人事担当者を困惑させたという。[[国本社]]では副会長をつとめ、講演活動にも熱心であった。
* [[物理学]]に精通したという立場からか極めて現実主義者であり、大正時代の[[千里眼事件]]で一番早くに疑念を唱えた。
* 「'''はじめてカレーライスを食べた日本人'''」と{{要出典範囲|date=2015年11月29日 (日) 12:42 (UTC)|諸本}}で紹介されていることが多い。実際に[[カレーライス]]を食した日本人一号が誰だったかはともかく、明治4年([[1871年]])に国費留学生としてアメリカに向かう船中でカレーライスを食べたという記述を{{要出典範囲|date=2015年11月29日 (日) 12:42 (UTC)|回想録}}<ref>『山川老先生 六十年前外遊の思出』武蔵高等学校校友会 p.7</ref>に書き残している。しかし、カレーライスを選んだのはそれが唯一[[米]]を使った[[料理]]であったからで、米だけを食べてカレーはすべて残したという
 
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