「大アルバニア」の版間の差分
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[[2008年]][[2月]]にコソボが独立宣言をおこなった。[[国際連合]]では独立したコソボが他国と合邦することは認められないとしているが、このコソボの独立は大アルバニア主義の実現にむけた動きであると解釈されることもある(大アルバニアに含まれる領域を独立させ、アルバニアに併合するかアルバニアと連邦を構成することで大アルバニアを実現しようとする考え方)。2007年3月の[[国際連合開発計画]]の調査によると、コソボのアルバニア人のうちわずか2.5%がアルバニアとの統一がコソボにとって最も望ましいと考えている<ref>UNDP: Early Warning Report. March 2007, p. 16 ([http://www.kosovo.undp.org/repository/docs/EWR15FinalENG.pdf Online text)] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20150518102355/http://www.kosovo.undp.org/repository/docs/EWR15FinalENG.pdf |date=2015年5月18日 }}</ref>。
2010年代においても大アルバニア主義を正当化する主張と批判は続いている。[[2014年]][[10月14日]]、サッカー、[[UEFA欧州選手権|ユーロ2016]]の予選でセルビア対アルバニアの試合が[[ベオグラード]]で開催されたが、試合中に「大アルバニア主義」の旗を吊り下げた[[無人航空機|ドローン]]がピッチ上に
== 領土主張 ==
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