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{{by|1987年}}には[[落合博満]]がトレードで[[中日ドラゴンズ]]に移籍し「三冠王対決」と騒がれたが、両者とも成績を落として無冠に終わる。また、前年から囁かれていた吉田義男監督との確執がエスカレートした。無冠に終わり、チームが低迷したこの年、雑誌のインタビューで吉田監督批判を行ったため、球団からペナルティとして罰金を科せられるという事件もあった。この罰金は最終的にうやむやになってしまい、実際には払われなかった。なお、インタビューを行った[[ロバート・ホワイティング]]は責任を感じてバースに同額を支払っている。
 
{{by|1988年}}、[[水頭症]]を患った長男への対応を巡り球団と対立し、シーズン途中の6月27日に解雇された。契約では家族の疾病の際には球団が医療費を負担することになっており、多額の医療費を負担することを恐れたための解雇だった。この経緯については、退団後に発売された自伝『バースの日記』でも述べられている。なお、このバース退団後の7月19日、当時の阪神球団代表だった[[古谷真吾]]が東京都内のホテルで飛び降り自殺する事件が起き、バースの退団をめぐるトラブルで球団とバースの板挟みになったのではないかと報じられた。この一件は、後に球団側が示談金を払ったことで解決した。まだ34歳で肉体的な衰えも見られなかったことからメジャー3球団からオファーが届いたり、[[ヤクルトスワローズ]]や[[中日ドラゴンズ]]や福岡に移転したばかりの[[福岡ダイエーホークス]]入りが度々報じられたが、結局この年をもって現役生活を終えた<ref>{{Cite news | title = 2年連続三冠王の史上最強助っ人は、なぜ突然日本を去ったのか?【バース・最後の1年】 | newspaper = ベースボールキング| date = 2020-09-08 | url =https://baseballking.jp/ns/column/253709|accessdate=2020-11-02}}</ref>
 
1988年当時監督だった[[村山実]]と当時のベテラン選手たちの関係性は冷えきっていた。『バースの日記』(集英社文庫)では、「罰則のハードなランニングをしたからといって我々が上達するというのか。全くバカな話である」と根性論の指導法に疑問を呈し、村山が自分の若い頃の武勇伝を語る結婚式のスピーチも「全く場違いなバカなスピーチだった」と一蹴した。試合後は選手会ミーティングで、「どうせ監督は来年クビだろう」なんて盛り上がった生々しい様子が記録されている<ref>{{Cite news | title = 2年連続三冠王の史上最強助っ人は、なぜ突然日本を去ったのか?【バース・最後の1年】 | newspaper = ベースボールキング| date = 2020-09-08 | url =https://baseballking.jp/ns/column/253709|accessdate=2020-11-02}}</ref>
 
=== 選手引退後 ===