「インカルチュレーション」の版間の差分

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== 15世紀以降のインカルチュレーション ==
版図拡大<ref>[訳注]{{efn2|すなわち、新大陸発見およびアジア、アフリカ進出以降の宣教対象地域拡大</ref>。}}および[[トリエント公会議]]([[1545年]] - [[1563年]])以後、[[カトリック教会|ローマ・カトリック教会]]が古代の非キリスト教文化の要素をいかに評価すべきか検討しているとき、インカルチュレーションの動向はさらにシステマティックとなった。
主要な人物には[[ブラジル]]原住民に宣教を行った[[ジョゼ・デ・アンシエタ]]、[[インド]] [[ゴア]]の{{仮リンク|トマス・ステファノ|en| Thomas Stephens (Jesuit)}}、南インドの{{仮リンク|ロベルト・デ・ノビリ|en|Roberto de Nobili}}、[[ベトナム]]の[[アレクサンドル・ドゥ・ロード]]などがいる。
 
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== 問題点 ==
日本における[[フランシスコ・ザビエル]]の宣教活動に関連し、(例えばジェームズ・ヒッチコック博士のような)教会史家たちはインカルチュレーションの問題の難しさを説明している。ザビエルは[[ヤジロウ]]([[鹿児島市|鹿児島]]の改宗者、アンジロウとも)に「[[デウス]]」([[ラテン語]]における「神」)に相当する日本語は何かと尋ねた。ヤジロウは日本伝統の一般的有神論{{訳語疑問点|date=2014年2月}}で普遍の神を意味する「大日」を提案し、ザビエルはこれを採用した。しかし[[1551年]]、ザビエルは[[山口市|山口]]における[[真言宗]]の仏僧との問答で「大日」の[[仏教]]における固有の意味に気付き、以後用いるのを取りやめた。その語句は仏教における[[大日如来]]と関連していたからである。<!--【仏教に詳しくないので変に訳すよりはオミットします】(where ''Mahavairocana'', as the central divinity of the Shingon ''mandala'', has four divine attributes, 'the wisdom of the great mirror, equality, observation, and action' in the ''Mahavairocana-sutra''".)-->競合する宗教の神の呼び名を避けるため、ザビエルは、「デウス」を「ダイウス」と再び改めた<ref>[訳注]{{efn2|英語版の記述のまま。一般に日本では「デウス」が「大臼」と聞こえていたなどといわれている。</ref>}}。さらに悲惨なことには「ダイウス」が日本人には「ダイウソ」のように聞こえてしまったのである。この語を使用しようとしたヨーロッパの宣教師たちは、若い日本人にしばしば「ダイウソ、ダイウソ、ダイウソ」と路上でからかわれていた。この用語の選択は「西洋人は大嘘つき」という見かたをもたらしてしまった。また、[[イタリア]]の[[イエズス会]]士 カミロ・コスタンツォ ([[:en:Camillus Costanzo]]) は次のようないきさつを明らかにしている。日本人[[キリシタン]]が彼の臨終の床で(コスタンツォが[[異教]]の神の名として定義している)「テンボウ」<ref>[訳注]{{efn2|原文''Tenbo''、詳細不明</ref>}}と叫び、「ダイウス」から訂正されたのにかかわらず「テンボウ」に戻ってしまったと。ザビエルを悩ませた困難を回避するため、マテオ・リッチとロベルト・デ・ノビリは音声による模倣を試みなかったが、ヤジロウの「異文化」翻訳を踏襲し、キリスト教における神の名を、[[儒教]]と[[ヒンドゥー教]]の国「土着」の最高存在の名で定義した<ref name="Strange">{{cite book |title=Strange Names of God: The Missionary Translation of the Divine Name and the Chinese Responses to Matteo Ricci's ''Shangti'' in Late Ming China, 1583-1644|author=Sangkeun Kim||publisher=Peter Lang Publishing|location=New York, NY|year=2004}}</ref>。ヒッチコックは、健全なインカルチュレーションのためには、信仰の本質と文化習得の両方に深い理解を持っている必要があると指摘している<ref>{{cite video|title=The Nature of Modernity|volume=two|publisher=International Catholic University|author=James Hitchcock, Ph.D.}}</ref>。
 
== 脚注 ==
=== 注釈 ===
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=== 出典 ===
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== 参考文献 ==
* August Franzen Church history, Kirchengeschichte, Herder Freiburg, 1988
* Schineller, Peter. A Handbook on Inculturation. New York, 1990.
* Shorter, Aylward. Toward a Theology of Inculturation. Maryknoll, NY, 1988.
 
== 関連項目 ==
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* [[塩水天主聖神堂]]
* [[井上洋治]]
 
== 参考文献 ==
* August Franzen Church history, Kirchengeschichte, Herder Freiburg, 1988
* Schineller, Peter. A Handbook on Inculturation. New York, 1990.
* Shorter, Aylward. Toward a Theology of Inculturation. Maryknoll, NY, 1988.
 
== 外部リンク ==
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* [http://www.adoremus.org/1096-Beall.html Translation and Inculturation in the Catholic Church] by Stephen M. Beall
* [http://www.georgetown.edu/inculturation.html Inculturation: Matteo Ricci's Legacy in China] Short videos from Georgetown's Ricci Legacy Symposium on inculturation.
 
== 脚注 ==
<references />
 
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