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『'''ネオノミコン'''』(''Neonomicon'') とは、[[アラン・ムーア]]原作、{{仮リンク|ジェイセン・バロウズ|en|Jacen Burrows}}作画による全4号のコミックブックシリーズ<ref>{{Cite web|url=http://www.bleedingcool.com/2010/06/07/jacen-burrow-on-alan-moores-neonomicon-puff-piece-interview-of-the-week/|title=Jacen Burrows on Alan Moore's Neonomicon – Avatar Interview of the Week|publisher=[[Bleeding Cool]]|date=7 June 2010|accessdate=22 March 2011}}</ref><ref>{{Cite web|first=Charles|author=Webb|url=http://www.comicsbulletin.com/features/127802307919546.htm|title=Jacen Burrows: Neonomicon Rises – A Lovecraftian Tale|publisher=[[Comics Bulletin]]|date=1 July 2010|accessdate=22 March 2011|archiveurl=https://web.archive.org/web/20100910010841/http://www.comicsbulletin.com/features/127802307919546.htm|archivedate=10 September 2010}}</ref>。2010年に米国の{{仮リンク|アヴァター・プレス|en|Avatar Press}}から刊行された。2003年に
ラヴクラフト作品であからさまに描かれない人種や性のテーマを正面から扱った作品だが、それらをコミックというメディアで具体的に描写したことで社会的な批判も受けている。2012年に[[ブラム・ストーカー賞]]を[[グラフィックノベル]]部門で受賞した。
== あらすじ ==
{{Hidden begin|titlestyle = background:lightgray;|title= あらすじを表示}}
[[連邦捜査局|FBI]]捜査官メリル・ブリアーズとゴードン・ランパーは
ブリアーズは魚人とともに幽閉され、繰り返し[[強姦|犯され]]続けることになる。薬物で昏睡したブリアーズの夢にカルコサが現れ、[[ナイアーラトテップ]]の化身を名乗り、聞き取りにくい言葉で祝福を告げると「ここが[[ルルイエ]]だ」という。目覚めたブリアーズは魚人と会話を試み、その助けによって地下から解放され
[[SWAT]]隊の突入によりカルトの拠点は一掃される。数カ月が経ち、ブリアーズはサックスと語り合うため再び精神病院を訪れる。二人は今や{{仮リンク|アクロ (架空の言語)|en|Aklo|label=同じ言語}}を話
▲薬物で昏睡したブリアーズの夢にカルコサが現れ、[[ナイアーラトテップ]]の化身を名乗り、聞き取りにくい言葉で祝福を告げると「ここが[[ルルイエ]]だ」という。目覚めたブリアーズは魚人の助けによって地下から解放され、[[SWAT]]隊を手配してカルト集団の拠点を一掃する。
▲数カ月が経ち、ブリアーズはサックスと語り合うため再び精神病院を訪れる。二人は今や{{仮リンク|アクロ (架空の言語)|en|Aklo|label=同じ言語}}を話し、同じ感覚を共有している。世界は高次空間への投影として感じられ、過去・現在・未来の区別は意味を失った。ラヴクラフトの著作は単なる創作ではなく、実際の見聞でもなく、未来に起きたことの記録に過ぎなかった。ブリアーズは自らの体内に宿った[[クトゥルフ]]が眠りを終え、人間の世界に終末をもたらすのを待ち望んでいる。
== 登場人物 ==
;メリル・ブリアーズ
:白人女性のFBI捜査官。[[性依存症|性依存]]、[[アルコール依存症|アルコール依存]]、[[自尊心]]低下の問題を抱えてしばらく休職していた<ref name=tcj/>。ラヴクラフトの著作に詳し
;ゴードン・ラン
:黒人男性のFBI捜査官。既婚者で<ref>Vol.2, p.7, pnl.1</ref>、ブリアーズとは息の合ったパートナーである。
;アルドー・サックス
:[[ホモフォビア|同性愛嫌悪]]、[[反ユダヤ主義|ユダヤ嫌悪]]の傾向がある男性<ref name=tcj/>。前編
;カール・パールマン
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;ジョニー・カルコサ
:常にバンダナのようなもので顔の下半分を隠しており、摩擦音の多い独特の喋り方をする。特殊な薬物を売買しており、
== 制作背景 ==
=== 原作 ===
原作者のムーアは本作について「これまで書いた中で一番不愉快な内容<ref name=wired/>」「最も黒く、最も厭世的な作品の一つ<ref name=skinny/>」と語っている。ムーアによると、それには執筆当時の精神状態が影響していた。強く反対していた『[[ウォッチメン]]』の[[ウォッチメン (映画)|ハリウッド映画化]](2009年)を版元[[DCコミックス]]によって強行され、憤懣の余り{{仮リンク|アメリカズ・ベスト・コミックス|en|America's Best Comics}}ラインを打ち切ってDCと(1980年代に続き二度目に)絶縁したところだった<ref name=skinny/>。「巨大エンターテインメント産業コングロマリット」への怒りは、妥協なきホラー要素の追求として本作に現れているという<ref name=skinny/>。
DCからの離脱は経済的な苦境をもたらした。「税金の支払い」に迫られたムーアは<ref name=wired/>、[[アメリカン・コミックスにおけるクリエイターの権利|
ムーアが持っていた構想は、過去に短編小説「中庭」で扱った[[クトゥルフ神話]]テーマの再訪だった<ref name=wired/>。1994年に編まれたアンソロジー ''The Starry Wisdom: A Tribute to H. P. Lovecraft'' で発表された「中庭」は、2003年に{{仮リンク|アントニー・ジョンストン|en|Antony Jounston}}(翻案)とジェイスン・バロウズ(作画)によるコミック版がアヴァターから刊行され<ref name=tcj>{{cite web|url=https://www.tcj.com/providence-lovecraft-sexual-violence-and-the-body-of-the-other/|accessdate=2021-10-08|title=Providence: Lovecraft, Sexual Violence, and the Body of the Other|publisher=The Comics Journal|date=2016-02-03}}</ref>、ムーアもその出来に満足していた<ref name=wired/>。
単なるラヴクラフトの[[パスティーシュ|模作]]にとどまらないものを書くためのアイディアは二つあった。一つは作品から1930年代の雰囲気を排除して現代的なリアリズムを持ち込むことである。ムーアは現代的な描写の例としてテレビドラマ『[[THE WIRE/ザ・ワイヤー|The Wire]]』の「
{{Quote|ラヴクラフトの作品や信
『[[インスマウスの影]]』などが異種族混交を扱っているのは明らかだが、ラヴクラフト作品で性行為が具体的に描かれることはなく<ref name=greve>{{
▲{{Quote|そこでこう考えた。人種がらみの不快な要素をぜんぶ取り戻そう。セックスも取り戻そう。本物の「名づけえぬ儀式」を作り出して、それに名前を付けてやろう<ref name=skinny>{{Cite web|first=Bram|author=Gieben|url=http://www.theskinny.co.uk/article/100258-choose-your-reality-alan-moore-unearthed|title=Choose Your Reality: Alan Moore Unearthed|publisher=[[The Skinny (magazine)|The Skinny]]|date=1 September 2010|accessdate=24 March 2011}}</ref>。}}
=== 作画 ===
作画のジェイセン・バロウズは「中庭」に続編があるとは思っていなかったが、アラン・ムーアの作品に再び関われるのは歓迎だった。長大で難解なことで悪名高いムーアの[[スクリプト (アメリカンコミック)|スクリプト]]も苦にならなかった<ref name=tcj2020/>。
すっきりした線でディテールを明瞭に描くのをモットーとするバロウズは、クトゥルフ神話
== 作風とテーマ ==
[[コミック弁護基金]]は本作をムーアの「古典文学の登場人物やテーマを[[ポストモダン]]の物語に流用する」作品の系譜に位置づけている<ref name=BC2012/>。[[クトゥルフ神話]]の要素は豊富に取り入れられているが、原典の忠実な再現ではなく、作中作としてのラヴクラフト作品の引用という形で提示される<ref name=mvc/>。[[メタフィクション]]的な仕掛けによって現実と創作の境を壊すのは『[[リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン]]』など後年のムーア作品に共通する傾向である<ref name=mvc/><ref name=thelist>{{cite web|url=https://www.list.co.uk/article/39452-alan-moore-and-jacen-burrows-neonomicon/|accessdate=2021-10-11|title=Alan Moore & Jacen Burrows - Neonomicon|publisher=The List|date=2012-01-05}}</ref>。「概念や物語が現実を規定する」という作者の思想は<ref name=mvc/>、作中の「[[アクロ (架空の言語)|アクロ]]」にも反映されている<ref name=tcj/>。アクロは[[アーサー・マッケン]]が作り出し、[[ラヴクラフト]]が自作に取り入れた神秘的な古代言語だが<ref >{{cite book|title=Encyclopedia of Fictional and Fantastic Languages|author = Tim Conley, Stephen Cain |publisher=Greenwood Publishing Group|year=2006|page=83|url={{Google books|cQhke8K9G60C| Encyclopedia of Fictional and Fantastic Languages |page=83|plainurl=yes}}|accessdate=2021-10-11}}</ref>、本作では人間の認知と意識を侵食する力を持つとされた<ref name=tcj/>。
重厚でおどろおどろしい原典とは裏腹に[[刑事ドラマ]]の乾いたトーンで語られており、ドラマとしての構成も周到である<ref name=mvc/><ref name=scifinow>{{cite web|url=https://www.scifinow.co.uk/reviews/neonomicon-by-alan-moore-and-jacen-burrows-review/|accessdate=2021-10-11|title=Neonomicon by Alan Moore and Jacen Burrows review|publisher=SciFiNow|date=2011-11-30}}</ref>。『{{仮リンク|サイファイナウ|en|SciFiNow}}』誌のレビューは、長年にわたる執筆活動の中でムーアの関心は単純なストーリーテリングから「概念のかさぶたを剥いでまわる」ことに移ってきたが、本作はどちらの要素も十分に備えているとしている<ref name=scifinow/>。
ラヴクラフト作品では間接的にしか描かれない人種差別、性差別、性行為へのコンプレックスを正面から取り扱っており<ref name=mvc/>、その描写はムーア自身「やりすぎ」と認めるほど徹底している<ref name=skinny/>。女性に対する性暴力はムーア作品に頻出するが、本作のそれを[[ミソジニー]]と解釈すべきかについてはさまざまに論じられている<ref name=tcj/><ref name=bc3>{{cite web|url=https://bleedingcool.com/comics/recent-updates/neonomicon-3-and-the-anthropormorphic-penis/|accessdate=2021-10-10|title=Neonomicon #3 And The Anthropomorphic Penis|date=2010-12-22|publisher=Bleeding Cool}}</ref>。
作画のジェイセン・バロウズのアートも評価が高く、煽情的なホラーコミックというより「映画の[[スチル写真]]」のような明瞭な絵が、現実と狂気が交錯する本作のストーリーと好相性だと評されている<ref name=mvc/>。ウェブメディア{{仮リンク|Ain't It Cool News|en|Ain't It Cool News}}は、ムーアの代表作『[[ウォッチメン]]』の作画家{{仮リンク|デイヴ・ギボンズ|en|Dave Gibbons}}と同じく「派手さはないが、フォルムと空間の描写が緊密でリアリスティック」だとした<ref>{{cite web|url=http://legacy.aintitcool.com/node/46020#4|accessdate=2021-10-11|title=AICN COMICS REVIEWS GREEN LANTERN! SPIDER-MAN! TRUE BLOOD! NEONOMICON & MUCH MORE!!!|date=2010-08-04}}</ref>。『[[SFX (雑誌)|SFX]]』誌もバロウズのディテールへの気配りと構図の妙、さらに「セックスとゴアを正確に容赦なく描く能力」がムーアの作風に合っていると述べている<ref>{{cite web|url=https://www.gamesradar.com/neonomicon-comics-review/|accessdate=2021-10-11|title=Neonomicon COMICS REVIEW|publisher=GamesRadar+|date=2012-02-16}}</ref>。
== 社会的評価 ==
=== 評価 ===
2012年3月、[[ブラム・ストーカー賞]]に新設された[[グラフィックノベル]]部門の初受賞作品となった<ref>{{Cite web|first=Keith|author=Davidsen|url=http://www.avatarpress.com/2012/04/alan-moore-accepts-first-ever-gn-bram-stoker-award-for-neonomicon/|title=Alan Moore Accepts First-Ever GN Bram Stoker Award for Neonomicon|publisher=[[Avatar Press]]|date=1 April 2012|accessdate=29 April 2012}}</ref>。2011年に出た単行本はペーパーバック版、ハードカバー版の両者が『[[ニューヨーク・タイムズ]]』紙ベストセラーリストに載っている<ref>{{cite web|url=https://artsbeat.blogs.nytimes.com/2011/11/18/graphic-books-best-sellers-twin-sightings/|accessdate=2021-10-10|title=Graphic Books Best Sellers: Twin Sightings|publisher=The New York Times|date=2011-11-18}}</ref>。同紙は2020年に「斬新な視点や雰囲気」を持つラヴクラフトの翻案作品として本作を挙げ、「殺人、陰謀、悪質な麻薬、もっと悪質な[[性魔術]] … のごった煮」と紹介した<ref>{{cite web|url=https://www.nytimes.com/2020/08/07/arts/television/hp-lovecraft.html|accessdate=2021-10-10|title=Gods, Monsters and H.P. Lovecraft’s Uncanny Legacy|publisher=The New York Times|date=2020-08-07 }}</ref>。ウェブメディア[[コミック・ブック・リソーシズ|CBR]]はラヴクラフト愛好者向きのコミックを紹介する記事で本作に触れ、ムーアを「ラヴクラフトに始まる濃密な神話を完全に我が物としてさらに進歩させたトップクリエイターの一人」と呼んだ<ref>{{cite web|url=https://www.cbr.com/hp-lovecraft-cosmic-horror-comic-recommendations/|accessdate=2021-10-10|title=10 Comics To Read If You Love H.P. Lovecraft (& Cosmic Horror)|publisher=CBR|date=2020-04-02}}</ref>。
=== 批判 ===
2012年、米国[[サウスカロライナ州]]のある図書館で本書の利用が禁じられる事件があった。14歳の少女が成人用の
{{Quote|『ネオノミコン』は … 人種、犯罪、性欲という複雑な問題を掘り下げた。… 絵で表現するグラフィックノベル・メディアの性質を利用してラヴクラフトの原作が扱っていた主題を徹底的に追求し、ラヴクラフトばかりかホラージャンル自体への批評
また同時に、成人読者からも本書の利用機会を奪うのは[[アメリカ合衆国憲法修正第1条|憲法]]で禁じられた検閲に当たると主張した<ref name=BC2012>{{cite web|url=https://bleedingcool.com/comics/the-cbldf-go-to-bat-for-neonomicon/|accessdate=2021-10-07|title=The CBLDF Goes To Bat For Neonomicon|publisher=Bleeding Cool|date=2012-06-18}}</ref>。
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* [https://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336072689/ ネオノミコン] ― 国書刊行会公式
{{DEFAULTSORT:ねおのみこん}}
[[Category:ニューヨーク市を舞台とした漫画作品]]
[[Category:アラン・ムーア]]
[[Category:アメリカンコミック]]
[[Category:クトゥルフ神話を題材とした作品]]
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