「アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックス」の版間の差分

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概要: もう少し修正。ボームによる議論というのか微妙なので書き換え。局所性の仮定 について 量子論の状態の話とは分ける。
概要: 地点に名前を付ける、波動関数自体を実在と考える話ではないことを書く、説明不足を補う(途中) ; 素粒子リンク変更
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最初に、「ある観測を行ったとき、必ずある値が得られるような状態があるとする。その場合、その値に対応する何かが''実在'' している」ということを仮定する。例えば、運動量の[[固有状態]]を測定すると、必ずその[[固有値]]を返す。この場合、運動量の固有値が存在しているという考え方である。{{要校閲|date=2021年10月|title=あまりよい説明ではない感じ。}} 
 
次に、[[スピン角運動量|スピン]]0の[[亜原子粒子|素粒子]]<!--記事[[素粒子]]は複合粒子でない基本粒子について書いているようなので別の記事にリンク-->が崩壊して、2個の粒子、例えば[[電子]]と[[陽電子]]のペアになが放出される場合を考える。重心系で見れば、この2つの粒子は互いに異なる方向に飛んでいく。したがって、十分時間が経てば、2つの粒子空間的に十分離れた状態になる。この状況で一方のスピンを測定粒子はA地点、他方の粒子はB地点に到達したとする。この測定に伴しよう(地点と書量子力学では[[波束ているがそれぞれある程度収縮]]大きさ考えることになる持った空間領域)
 
この状況でAの粒子のスピン(例えばz方向)を測定したとする。この測定に伴い量子力学では[[波束の収縮]]を考えることになる。
元の論文では明確に仮定とは書かれていないが、ある地点で行われた実験が瞬時に遠方にある''“実在”'' に影響することはないと考える(ある種の局所性の仮定)。<!-- したがって、短い時間ならば、他方への影響を無視できるはずである。 -->
<!-- なお、この議論では波動関数自体を実在と考えようとしているわけではない。-->
 
元の論文では明確に仮定とは書かれていないが、ある地点で行われた実験が瞬時に遠方にある''“実在”'' に影響することはないと考える(ある種の局所性の仮定)。<!-- したがって、短い時間ならば、他方への影響を無視できるはずである。 -->
[[角運動量保存則]]より、2つの粒子のスピンの向きは互いに反対でなくてはならない(元の角運動量の和が0だったから)。したがって、他方のスピンは、必ず測定結果{{要校閲|date=2021年10月}}と逆の値を返すことになる。最初の仮定より、他方の実験結果に対応する何かが実在するはずである。
<!-- なお、この議論では波動関数自体を実在と考えようとしているわけではない。-->
 
[[角運動量保存則]]より、2つの粒子のスピンの向きは互いに反対でなくてはならない(元の角運動量の和が0だったから)。したがって、他方B粒子のz方向スピンは、を測れば必ずAの測定結果{{要校閲|date=2021年10月}}と逆の値を返すこが得られるにな予測できる。最初の仮定より、他方B実験結果粒子のz方向スピンに対応する何かが実在するはずである。(Aの測定より前の時点でも)
一方のスピンの測定方向は任意に選べるので、他方のあらゆる実験結果に対応する何かが実在している。これは、まさに'''[[隠れた変数理論]]'''を示唆している。つまり、真の理論は決定論的であるが、十分な知見が得られないために確率的な予言しかできないというものである。この立場では、量子力学は統計的記述としての有効性しか持たないことになる。
 
上では zスピンの測定を考えたが、x方向は任意に選べでも y方向でも同様の議論ができるので、他方Bの粒子のあらゆる実験結果方向のスピンに対応する何かが実在していることになる。これは、まさに'''[[隠れた変数理論]]'''を示唆している。つまり、真の理論は決定論的であるが<!-- 疑問点: その理論が決定論的である必要はない -->、十分な知見が得られないために確率的な予言しかできないというものである。この立場では、量子力学は統計的記述としての有効性しか持たないことになる。
 
なお、元々のEPRの論文では、位置と[[運動量]]を同時確定する系を作っている。いずれの系も量子もつれ状態である。