「ディオクレティアヌス紀元」の版間の差分

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=== 西暦の誕生 ===
{{See also|西暦}}
[[525年]]、復活祭暦表を改訂するに当たり、[[ディオニュシウス・エクシグウス]]が迫害者の名を未来に残すことを嫌い、[[イエス・キリスト]]生誕の年を紀元とすることを提唱した。エクシグウス自身は起算年を「主の体現より」と呼び、これをローマ建国754年1月1日とした。やがてヨーロッパの教会暦でエクシグウスの方式が採用されるようになるにつれ他の方式にとって代わるようになり、現在の[[西暦]]の形ができあがった。ただし一般人がこれを使い始めたのは西欧においても16世紀に入ってからのことであり、それまでは様々な[[紀年法]]が併用されていた<ref>[[佐藤正幸]]『世界史における時間』(40頁、2009年8月30日、1版1刷、[[山川出版社]]) ISBN 9784634349667</ref>。
 
== 脚注 ==
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== 参考文献 ==
*[[佐藤正幸]]『世界史における時間』(2009年8月30日、1版1刷、[[山川出版社]]) ISBN 9784634349667
 
== 関連項目 ==