「ファビアン・フォン・シュラーブレンドルフ」の版間の差分

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'''ファビアン・フォン・シュラーブレンドルフ'''('''Fabian von Schlabrendorff''', [[1907年]][[7月1日]] - [[1980年]][[9月3日]])は、法律家、[[ドイツ国防軍]]中尉、反ナチ運動家。[[ヘニング・フォン・トレスコウ]]陸軍少将の[[副官]]だった。
 
シュラーブレンドルフは[[弁護士]]資格を持ち、ドイツ陸軍予備中尉だった。[[東部戦線]]でトレスコウ少将の副官として、反ヒトラー派の[[ルードヴィヒ・ベック|ベック]]、[[カール・ゲルデラー|ゲルデラー]]、[[ハンス・オシュター|オシュター]] ([[:de:Hans Oster|Hans Oster]]) 、[[フリードリヒ・オルプリヒト|オルプリヒト]] ([[:de:HansFriedrich Olbricht|HansFriedrich Olbricht]]) の間の連絡役を務めた。
 
1943年3月13日、[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]がスモレンスク前線視察を行った際、トレスコウはヒトラーの搭乗機に爆弾を仕掛ける計画を行った。実行役がシュラーブレンドルフで、トレスコウから預かった爆弾の仕掛けられたリキュール瓶を搭乗機に持ち込んだ。しかしながら雷管に欠陥があったため爆弾は動作せず、計画は失敗に終わった。爆弾は密かに回収され計画が明るみに出ることはなかった。