「鮎貝城」の版間の差分

地図
(加筆。)
(地図)
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|remains = 土塁、水堀
|cultural asset = 白鷹町指定史跡<ref name=shirataka>[https://www.town.shirataka.lg.jp/1271.htm 「文化財一覧」]白鷹町公式HP、2021年12月1日閲覧。</ref>
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|地図=Japan Yamagata
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'''鮎貝城'''(あゆかいじょう)は、[[出羽国]]にあたる在の[[山形県]][[西置賜郡]][[白鷹町]]鮎貝に存在した[[日本の城]]([[平山城]])。本丸跡は白鷹町指定[[史跡]]に指定されている<ref name=shirataka/>
 
== 概要 ==
城山(標高190m)190メートル)の山頂から山腹にかけて築かれた鮎貝氏の居城である。[[1587年]]([[天正]]15年)、城主の鮎貝宗信が[[最上氏]]と結んで[[伊達氏]]に謀反を企てたために討たれた。その後、宗信の弟である[[鮎貝宗定]]が家督を継ぐが、[[伊達政宗]]が[[豊臣秀吉]]により[[岩出山城]]に移封されると同行して鮎貝を去った。以降、鮎貝城は[[蒲生氏]]や[[上杉氏]]の支配下となり各大名家の重臣が入城した。現在、城址には本丸跡に[[鮎貝八幡宮]]が祀られており、遺構の土塁や堀を確認することができる。
 
== 遺構・復元施設 ==
 
== 文化財 ==
* 鮎貝城本丸跡 - 白鷹町指定史跡([[1984年]]([[昭和]]59年)[[1月11日]]、白鷹町指定史跡に指定<ref>[http://www.town. name=shirataka.lg.jp/1726.html 文化財一覧] - 白鷹町、2019年11月24日閲覧></ref>
 
== 交通 ==