「二宮忠八」の版間の差分

 
== 経歴 ==
[[ファイル:Chuhachi Ninomiya-Inventor(Wax doll).jpg|サムネイル|忠八の蝋人形。高松平家物語歴史館]]
=== 生い立ち ===
八幡浜の商家の四男坊として生まれる。父は幸蔵、母はきた。忠八が出生したころの家は富裕であったが、まもなく事業に失敗し、また2人の兄による[[放蕩]]、さらに父幸蔵が忠八12歳の時に若くして亡くなり家は困窮した。忠八は生計を得るため、町の雑貨店や印刷所の文選工、薬屋などで働くかたわら、[[物理学]]や化学の書物を夜遅くまで読み耽けっていた。また、収入の足しに学資を得るために自ら考案した凧を作って売り、この凧は「忠八凧」と呼ばれて人気を博したという。この経験が後の[[飛行機]]作りの原型になったともいわれる。[[錦絵]]に描かれた[[気球]]にも空への憧れをかきたてられ、気球を付けた凧を作ったこともあった。