「島の娘」の版間の差分

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戦争に突入すると、「島の娘」は政府当局([[内閣情報部]])から「歌詞に問題アリ」とされ、1番の歌詞が改変されたが、結局は[[発禁処分]]となり歌うことも禁じられてしまった<ref>[[南博]](編)『日本モダニズムの研究 思想・生活・文化』ブレーン出版、1982年、281頁。ISBN 4-89242-108-1。</ref>。戦後、勝太郎はビクターを離れたがステージ等ではこの歌をよく歌い、昭和40年代のなつメロブームにおいてはビクターからステレオ録音で吹き込み直した「島の娘」も発売されている。テレビ番組でもよくこの歌を歌ったが、そのときは先に述べた「ため」の部分では指揮者が指揮棒を止め、通常の拍子に戻ったら指揮を再開しオーケストラも演奏するという方法をとっていた。また[[三味線]]の伴奏もついているが、高調子であるために糸が切れ易く、そのため勝太郎の三味線は通常のものより棹を短くして糸が切れるのを防いでいたとのことである。
 
[[1975年]]放送の[[桃屋]]「ごはんですよ!」のテレビCM「懐メロ篇」において[[三木のり平]]が「島の娘」が使用されを歌った<ref>[https://www.momoya.co.jp/gallery/norihei/cm/detail/354/ 懐メロ篇|のり平アニメCMギャラリー |懐かしののり平アニメCM|広告ギャラリー]、桃屋 - 2020年3月29日閲覧。</ref>。
 
== 脚注 ==