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[[Image:Académie des Sciences 1671.jpg|thumb|200px|科学アカデミーを訪れた[[ルイ14世 (フランス王)|ルイ14世]](1671年)]]
'''科学アカデミー'''(かがくアカデミー、仏:Académie des sciences)は、フランス国立の[[学術団体]]で、[[フランス学士院]]を構成する団体の一つ。'''フランス科学アカデミー'''、'''フランス科学院'''、'''アカデミー・デ・シアンス'''。
 
== 概要 ==
フランス国内の科学研究を活性化させ、保護すべきであるという、財務相[[ジャン=バティスト・コルベール]]の助言を受けた[[ルイ14世 (フランス王)|ルイ14世]]によって、[[1666年]]に創立された。最初にアカデミー会員として任命されたのは、[[天文学者]]、[[解剖学|解剖学者]]、[[植物学|植物学者]]、[[化学者]]、[[幾何学|幾何学者]]、[[技師]]、[[医師]]、[[物理学者]]からなる22名であった。このなかには、唯一の外国人である[[クリスティアーン・ホイヘンス]]も含まれていた。ルイ14世から下賜された12,000[[リーヴル]]という潤沢な基金のもと、様々な実験プログラムが行われたが、コルベールの死後は戦争による財政危機のため資金供給が減少し困難な時代を迎える<ref>Alice Stroup, ''A Company of Scientists. Botany, Patronage, and Community at the Seventeenth-Century Parisian Royal Academy of Sciences'', Berkeley, Los Angels, Oxford: University of California Press, 1990</ref>。
 
[[パリ]]にて非公式な活動を続けたのち、[[1699年]]に正式に王立と認定され、本部は[[ルーヴル宮殿|ルーヴル]]に設置されることになる。会則が制定され名誉会員と年金会員の区別、「幾何学」「機械学」「天文学」「化学」「解剖学」「植物学」などの部門が設けられた。[[17世紀]]と[[18世紀]]末まで、ヨーロッパの科学研究の最前線として機能していた。[[フランス革命]]期の[[1793年]]、[[国民公会]]によるアカデミー廃止にともない一時廃止されるが、[[1795年]]にフランス学士院の一つとして<!--文芸アカデミーを統合した形で ?-->再建された。
[[17世紀]]と[[18世紀]]末まで、ヨーロッパの科学研究の最前線として機能していた。
[[フランス革命]]期の[[1793年]]、[[国民公会]]によるアカデミー廃止にともない一時廃止されるが、[[1795年]]にフランス学士院の一つとして<!--文芸アカデミーを統合した形で ?-->再建された。
 
== 顕彰 ==