「陽明学」の版間の差分

(重複した説明部分削除)
 
==陽明学以前==
ごく簡単に儒教史を振り返ると、宋以前は[[経書]]の注釈を重視した訓詁学が中心で、[[六経]]や聖人[[周公旦]]を尊崇していたが、宋以後は極めて思弁的性格をもった学派が現れた。それが[[朱子学]]や陽明学である。それらは孟子の性善説をいかに理論づけるかということに力点を置いた学派で、重視する経書は『[[大学 (書物)|大学]]』などの[[四書]]であり、目標とする聖人は[[孔子]]その人となる。そして朱子学と陽明学の相違点は平たくいえば、孟子が唱えた[[性善説]]の解釈における相違から生じたものである。
 
宋以後、思想界は朱子学が席巻し、明になると[[科挙]]にも採用されて体制教学となった。結果、さらに確固たる地位を築くことになる。手短にいえば朱子学は「[[性即理]]」をテーゼとし、読書(無論経書を読む)と「居敬窮理」、[[静坐]]という方法で、人欲によって曇りがちな天理を磨くことで聖人にいたることを目指す学派である。明初は八割が朱子学派だったといわれ、その中葉までほぼ朱子学一色に染まっていたといって良い。
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