「経済成長理論」の版間の差分

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もっとも、重商主義者の議論は自らが行った商業を中心に構築され、それゆえ、[[貨幣]]ストックを国家の富と考える発想から抜け出す事ができず、また労働者は消費活動を行ったり富を享受する主体ではなく、生産の一要素のように認識されていた。
 
こういった誤謬から抜け出し、現代的な経済成長、すなわち富をフローの概念で捕らえ、その増加量を経済成長として捕らえたのは最初の人物としては[[リチャード・カンティリョン|カンティロン]]を挙げる事ができる。彼は、土地と労働により構成されるニ部門の均衡モデルを構築した。
 
===スミス以降の成長理論===