王丸 彦四郎(おうまる ひこしろう、寛文8年(1668年) - 宝暦6年9月17日1756年10月10日))は、江戸時代中期の開拓者、農事改良家[1]

経歴・人物編集

筑前国糟屋郡多田羅村に生まれる[1][2]宝永元年(1704年福岡藩の力を借り多田羅村で6万8000人余を動員して宇美川沿いに堤防を築き、新田(六田開作地)を開発[2]享保5年(1720年鯨油によりウンカを駆除する方法を考案し、各地に広めた[1]享保17年(1732年)の西日本一帯のウンカ大量発生時にも、この駆除法の励行によりウンカによる被害を免れたという[2]。この鯨油による駆除法は寛文10年(1670年)に遠賀郡立屋敷村の農民蔵富吉右衛門が発見したと伝えられるが、彦四郎の事績はこれとは別個になされたものである[2]

脚注編集

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  1. ^ a b c デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『王丸彦四郎』 - コトバンク
  2. ^ a b c d 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞社)『王丸彦四郎』 - コトバンク

参考文献編集

  • 小野武夫「害蟲驅除史の一齣 : 浮塵子注油驅除法の發明者、王丸彦四郎が事ども」、社会経済史学会編『社会経済史学』、第8巻11号、pp. 1267-1273 (1939 年)