田中 勝行(たなか かつゆき、生年不詳 - 天保15年8月12日1844年9月23日〉)は、江戸時代の旗本。通称は市郎右衛門。初代羽田奉行浦賀奉行

生涯編集

父・田中勝豊の次男として江戸に生まれる。長男・義暁が早生したため田中家の家督を継ぐ。天保13年(1842年)12月24日西丸小姓組から初代羽田奉行となった後、天保15年(1844年)5月24日浦賀奉行となる。同年8月12日浦賀にて没。禄高1,062石。屋敷は大塚の旗本屋敷。家紋は横木瓜紋。

系譜編集

清和源氏新田氏流里見田中氏の流れを汲み、三河国加茂郡菅生村を発祥の地とする田中氏の後裔。松平親忠の代から代々松平家徳川家に仕えたことから、徳川家の家臣団の中でも最古参のひとつに数えられる家柄で、祖父・田中勝芳は徳川御三卿一橋家の家老を務めるなど代々幕府の要職を歴任した。

出典編集