美濃按察使(みののあぜち、みののあんさつし)は、719年からしばらくの間、日本の各地に置かれた按察使の一つで、美濃国と周辺数か国を監督する官職である。管轄国は変動があり、美濃飛騨信濃按察使とも呼ばれた。

概要編集

養老3年(719年)7月13日に初めて置かれた11の按察使の一つで、美濃国尾張国三河国信濃国の4か国を管轄とした[1]。按察使は名をとったが兼ねるのが例で、初代の美濃按察使は美濃守の笠麻呂である。その後、養老5年(721年)8月19日に、飛騨国と新設の諏方国も隷下においた。しかし間もなく按察使は陸奥国を除いて任命されなくなった。

天平宝字5年(761年)1月16日に藤原真先が美濃飛騨信濃按察使に任命された。このとき既に諏方国は廃止されているが、かつて管下だった尾張と三河への言及がない。また、真先は美濃に赴任しなかったらしい。

美濃按察使になった人物編集

脚注編集

  1. ^ 続日本紀』該当年月条。以下特に注しない限り同じ。