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董 一元(とう いちげん)は中国代の武将。(1542〜1598)

経歴編集

万暦20年(1592年)、寧夏で起きたボハイの乱を平定して戦功を立てた。万暦22年(1594年)閏11月より万暦24年(1596年)10月まで遼東総兵官をつとめた[1]慶長の役では万暦26年(1598年)に経略の邢玠の命令で総兵として泗川倭城に拠る島津義弘を攻撃したが反撃にあって大敗した(泗川の戦い)。

出典編集

  1. ^ 和田和広「李成梁一族の軍事的台頭」1986年にて、『明実録』より。

参考文献編集

  • 「明史 巻239/列伝127」[1]