賀若 嵩(がじゃく すう、540年 - 597年)は、北周軍人は陁羅曾。本貫代郡

経歴編集

西魏の右衛将軍賀若統の六男として生まれた。561年保定元年)、都督を初任とした。ほどなく譙王宇文倹の下で府長史をつとめ、親信大都督を兼ねた。まもなく楽安郡太守に転出し、司衛都上士の位を受けた。579年大象元年)、儀同の位を受けた。580年(大象2年)、巴蜀での軍功により、上儀同の位を受けた。586年開皇6年)、車騎将軍の号を受けた。597年(開皇17年)4月、突然の病のため死去した。享年は58。

伝記資料編集

  • 大隋上儀同車騎将軍北陸渾公墓誌(賀若嵩墓誌)