鳳潭(ほうたん、承応3年(1654年)- 元文3年2月26日1738年4月14日))は、江戸時代中期の学僧。出身については越中国西礪波郡とされるが、一説では摂津国ともされる。また、万治2年(1659年)2月15日生まれとする説もある[1]

比叡山に入って出家得度し、天台における教相と観相を学んだ。その後、中国インドに渡ろうとしたが国禁のため果たすことができず、京阪で大乗・小乗・顕教・密教仏教各宗を研究した。とくに南都において華厳を極め、その復興に尽力した。1704年宝永元年)江戸へ下り、大聖道場で華厳を講義する一方、華厳に対する自らの考えを著し、いろいろな宗の学僧と交流している。1723年享保8年)京都松尾大華厳寺を建立。浄土宗浄土真宗日蓮宗と議論を行い、当時の仏教界に大きな刺激を与えた。

脚注編集

  1. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus

関連項目編集