鷹見 星皐(たかみ せいこう、1751年宝暦元年)- 1811年11月18日文化8年10月3日))は江戸時代中期-後期の武士儒学者[1]。名は定允、字は子允、通称は市郎右衛門、別号に翠竹園[1]

経歴・人物編集

1751年(宝暦元年)に生まれる。江戸中期の三河国田原藩家老鷹見爽鳩の孫[2]。家老職を継ぎ、江戸細井平洲らに学ぶ[1]1778年安永7年)隠居したが、1794年寛政6年)藩政に復帰[1]。藩主三宅康友三宅康和に進講[1]。著作に「翠竹園吟稿」「星皐詩稿」など[1]

脚注編集

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  1. ^ a b c d e f 「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」、講談社
  2. ^ 美術品・古書古典籍の販売・買取、学術出版