boxed warningとは、アメリカ合衆国において処方箋薬のパッケージに記載される、警告文の形式の1つである。俗に「black box warning黒枠警告)」とも呼ばれる。

名称 編集

この警告文が「boxed warning」と呼ばれる理由は、アメリカ食品医薬品局が、この警告文の周囲を「box」で、つまり、枠で囲みなさいと規定しているためである[1]。しかも、黒い枠で囲まれているために、時々「black box warning」と俗に呼ばれたりもする。

意味 編集

アメリカ食品医薬品局は、アメリカ合衆国内に処方箋が必要な薬剤を流通させる製薬会社に対して、その薬剤のパッケージに所定の「boxed warning」か、添付文書に所定の記述を、記載しなさいと命ずる権限を有する。アメリカ食品医薬品局が発する警告の中で、最も強い警告の意味を有するのが「boxed warning」であり、医学的な調査の結果として、その薬物が甚だしいリスクを有していると判明したり、さらには、命さえも脅かし得る有害作用が発生しかねないと判明した場合に、この警告文が使用される[2][3]

評価 編集

経済学者や内科医は、アメリカ食品医薬品局が出した警告による効果を調査した。その調査によれば、この「boxed warning」は所詮、問題が発生してから事後に出される無用な代物だとされた[4]。例えば、ロシグリタゾンの用量を7割にまで減らすように「boxed warning」を出すよう、アメリカ食品医薬品局が命令した時点までには、既に約370万人に処方され、患者の手に渡ってしまっていた。それでも、ロシグリタゾンに関する「boxed warning」をアメリカ食品医薬品局が出してからは、マスコミでの広報や、医療関係者の助言や、科学雑誌の出版などの手法を総合的に用いた結果、ロシグリタゾンの用量は減った。ところが、ロシグリタゾンと同じような警告を出していたピオグリタゾンについては、マスコミでの広報が少なかった結果、その用量は減らなかった[5]。なお、アメリカ合衆国では、特に2004年から「boxed warning」が出た旨を、マスコミを利用して広報する事例が増加した。

事例集 編集

以下は、アメリカ食品医薬品局が出した「boxed warning」の事例である。

精神系の薬物 編集

  • 小児から24歳程度までの若年者に抗うつ薬を投与すると、自殺企図のリスクが増すかもしれないと「boxed warning」が出た。
  • 2005年に、非定型抗精神病薬を年齢の高い患者に使用すると、痴呆症に至るリスクが出る旨の「boxed warning」が出た。これを受けて、特に痴呆症の高齢患者への非定型抗精神病薬の処方は、アメリカ合衆国では避けられるようになった[6]
  • 2006年2月に、注意欠陥多動性障害などに用いる場合のあるメチルフェニデート(商品名:Ritalin)が、心臓血管障害を引き起こす可能性が有るとして「boxed warning」が出た[7][8]。ところが1ヵ月後に、この「boxed warning」は取り消された[9][10]
  • 2009年7月1日に、ニコチンの依存症から離脱するための補助に使用される場合があるバレニクリン(商品名:Chantix)に、意欲低下から自殺企図や自殺に至る可能性があるとして「boxed warning」が出た[11]。しかし、その後の調査によって積み上げられたエビデンスに基いて、2016年にバレニクリンの「boxed warning」は除去された。

麻薬系鎮痛薬 編集

  • 従前より薬物の毒性や過量投与や薬物乱用による死亡が起きてきた、オピオイドに分類される鎮痛薬のデキストロプロポキシフェン英語版(商品名:Darvon)に対して、2009年7月に、過量投与や薬物乱用によるリスクに関する警告を強化した[12][注釈 1]。その後、販売停止にした[13][14]

COX阻害薬 編集

  • セレコキシブ(商品名:Celebrex)に、消化管の潰瘍などのリスクと[注釈 2]、さらに、心臓血管に関するリスクも有ると「boxed warning」が出た。* 2010年10月27日に、ネコ用に使用されていたメロキシカムの経口懸濁製剤(商品名:Metacam)に「boxed warning」が出た[15]。参考までに、当時のアメリカ合衆国では手術を施したネコの消炎鎮痛に、メロキシカムが認可されていた。

抗血小板薬 編集

  • 2006年10月9日に、ワーファリンが出血による死亡のリスク高めるとして「boxed warning」を追加した[16]

糖尿病薬 編集

  • 2007年11月14日に、2型糖尿病患者のインスリン抵抗性を改善するとされてきたロシグリタゾン(商品名:Avandia)が、心臓に基礎疾患を有する患者に対して、心不全や心臓発作などを引き起こすとして、特に心臓発作に至り易いとして「boxed warning」が出た[17]

ホルモン関連薬 編集

  • 2004年11月17日に、避妊のための注射剤である商品名「Depo-Provera英語版」を長期間使用すると、深刻な骨密度の異常低下が発生するリスクが有るとして「boxed warning」が出た[注釈 3]
  • 2013年5月に、病的な肥満の治療のために用いた甲状腺ホルモン関連製剤(商品名:Liotrix)に「boxed warning」が出た[18]。それによれば、この製剤を病的な肥満に用いても、体重減少に至らないという。それどころか、この製剤を充分に甲状腺ホルモンが分泌されている者に用いた場合には、深刻な心臓血管障害を引き起こすリスクが有る。

モノクローナル抗体 編集

  • 2006年に、多発性硬化症の治療に用いるナタリズマブ(商品名:Tysabri)が、進行性多巣性白質脳症を引き起こすリスクを増加させるとして「boxed warning」が出た。ナタリズマブは2004年に上市され、それから間もなく、非常に珍しい疾患であるはずの進行性多巣性白質脳症が、ナタリズマブを投与した3症例に現れた。その後もナタリズマブを投与した者に進行性多巣性白質脳症が現れ続け、

2012年までに約210症例の進行性多巣性白質脳症を発症させた。この2012年までの調査によって、その発症率はナタリズマブを投与した者の1千人に2.1人と見積もられた[19]。あまりにも多いので、結局、2016年現在、アメリカ合衆国ではUnified Commitment to Healthが関わる「TOUCH (Tysabri Outreach)」と呼ばれる、ナタリズマブの処方の管理が実施されている[20]

抗菌薬 編集

抗マラリア薬 編集

  • 2013年7月に、抗マラリア薬のメフロキンを使用すると、精神神経症状がメフロキン使用中だけでなく、メフロキンを中止後数ヵ月間から数年間、最悪の場合にはメフロキンを中止しても永続し得るとして「boxed warning」が出た[22]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ アメリカ合衆国では、デキストロプロポキシフェン(dextropropoxyphene)を「Propoxyphene」と略記する場合もある。
  2. ^ セレコキシブなどのコキシブ系のCOX阻害薬は、COX2を選択的に阻害するため、COX1を阻害すると出易い有害作用である消化管潰瘍の問題は無いだろうと言われていた。しかし、そうではなかったという警告である。
  3. ^ アメリカ合衆国のようなキリスト教圏では、その教義の関係上、人工妊娠中絶をタブー視する傾向が有り、相対的に避妊薬などの避妊法が重視される。
  4. ^ キノロン系抗菌薬と、ニューキノロン系抗菌薬とで区別される場合もある

出典 編集

  1. ^ "The heading and the summary must be contained within a box and bolded." 21CFR201.57 Subpart B (a)(4)
  2. ^ U.S. Food and Drug Administration(アメリカ食品医薬品局). “Guidance for industry. Even in the context of clinical research, human subjects are often not informed about the risks included in boxed warnings for drugs they are being given. For protocols involving drugs with boxed warnings, 63% of consent forms did not disclose 1 or more boxed warning risks. Warnings and precautions, contraindications, and boxed warning sections of labeling for human prescription drug and biological products—content and format” (pdf). 2010年2月21日閲覧。
  3. ^ National Institute of Mental Health (2010年3月1日). “Antidepressant Medications for Children and Adolescents: Information for Parents and Caregivers”. 2010年3月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月19日閲覧。
  4. ^ Shah ND; Montori VM; Krumholz HM; Tu K; Alexander GC; Jackevicius CA (2010). “Geographic Variation in the Response to FDA Boxed Warnings for Rosiglitazone.”. N Engl J Med. 22: 2081-2084. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21083379. 
  5. ^ Cohen A; Rabbani A; Shah N; Alexander GC (2010-01-22). “Changes in glitazone use among office-based physicians in the United States, 2003-2009.”. Diabetes care 33: 823-825. http://care.diabetesjournals.org/content/early/2010/01/22/dc09-1834.abstract. 
  6. ^ Dorsey R; Rabbani A; Gallagher SA; Conti R; Alexander GC (2010). “The impact of boxed warnings on the use of atypical antipsychotic medicines.”. Archives of Internal Medicine 170: 96-103. オリジナルのJuly 27, 2011時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110727225144/http://www.rwjf.org/healthpolicy/product.jsp?id=55809. 
  7. ^ “Strongest warning suggested for ADHD drugs”. Associated Press. CNN. (2006年2月10日). オリジナルの2007年8月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070818192248/http://www.cnn.com/2006/HEALTH/02/09/attention.deficit.ap/ 2007年8月15日閲覧。 
  8. ^ CDER 2006 Meeting Documents”. U.S. Food and Drug Administration(アメリカ食品医薬品局) (2007年2月1日). 2007年8月15日閲覧。 “Drug Safety and Risk Management documentation available at:”
  9. ^ 'Black Box' ADHD Drug Warning Rejected”. CBS News (2006年3月22日). 2007年8月15日閲覧。
  10. ^ 2006 FDA Advisory Committees Meeting Documents by Center”. U.S. Food and Drug Administration(アメリカ食品医薬品局) (2007年2月5日). 2007年8月15日閲覧。 “Pediatric Advisory Committee documentation available at:”
  11. ^ FDA(アメリカ食品医薬品局). “Public Health Advisory: FDA Requires New Boxed Warnings for the Smoking Cessation Drugs Chantix and Zyban”. 2010年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年7月1日閲覧。
  12. ^ “FDA Takes Actions on Darvon, Other Pain Medications Containing Propoxyphene” (html). U.S.A Food and Drug Administration (FDA). (2009年7月7日). https://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm170769.htm 2009年7月7日閲覧。 
  13. ^ Zajac, Andrew (2010年11月19日). “Darvon, Darvocet painkillers pulled from the U.S. market”. L.A. Times. オリジナルの2010年11月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101122093848/http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/sc-dc-1120-fda-darvon-web-20101119,0,6525838.story 2010年11月19日閲覧。 
  14. ^ Allison Gandey (2011年2月2日). “Physicians Say Good Riddance to 'Worst Drug in History'”. medscape.com. 2011年2月2日閲覧。
  15. ^ “FDA Announces Addition of Boxed Warning to METACAM® (meloxicam) Labels”. U.S. Food and Drug Administration(アメリカ食品医薬品局). (2010年10月27日). https://www.fda.gov/AnimalVeterinary/NewsEvents/CVMUpdates/ucm231254.htm 
  16. ^ Black Box for Warfarin”. medscape.com. 2007年8月15日閲覧。
  17. ^ Glaxo's Avandia to carry heart-attack warning”. MarketWatch (2007年11月14日). 2007年11月14日閲覧。
  18. ^ “Thyrolar (liotrix) dosing, indications, interactions, adverse effects, and more”. http://reference.medscape.com/drug/thyrolar-liotrix-342737#5 
  19. ^ Bloomgren, Gary; Richman, Sandra; Hotermans, Christophe; Subramanyam, Meena; Goelz, Susan; Natarajan, Amy; Lee, Sophia; Plavina, Tatiana et al. (May 17, 2012). “Risk of Natalizumab-Associated Progressive Multifocal Leukoencephalopathy”. New England Journal of Medicine 366 (20): 1870–1880. doi:10.1056/NEJMoa1107829. ISSN 0028-4793. PMID 22591293. 
  20. ^ TOUCH Program”. TOUCH On-Line. Biogen Idec. 2016年9月8日閲覧。
  21. ^ “FDA orders 'black box' label on some antibiotics”. CNN. (2008年7月8日). https://edition.cnn.com/2008/HEALTH/07/08/antibiotics.risk/index.html 2008年7月8日閲覧。 
  22. ^ “FDA Drug Safety Communication: FDA approves label changes for antimalarial drug mefloquine hydrochloride due to risk of serious psychiatric and nerve side effects”. U.S. Food and Drug Administration(アメリカ食品医薬品局). (2013年7月29日). https://www.fda.gov/drugs/drugsafety/ucm362227.htm 

外部リンク 編集