1772年の相撲(1772ねんのすもう)は、1772年の相撲関係のできごとについて述べる。

できごと編集

江戸相撲は年2場所開かれるのが通例であったが、この年は上半期の場所の記録がない。災害多発につき見送られたものと思われる。また、11月場所は番付発表後に一部力士の不参加が判明し、番付改めを行った[1]

本場所など編集

  • 8月場所(大坂相撲)[1]
    • 興行場所:難波新地
    • 晴天10日間興行
  • 9月場所(京都相撲)[1]
    • 10日間興行
  • 11月場所(江戸相撲)[1]
    • 興行場所:本所回向院
    • 11月11日(旧10月17日)より晴天8日間興行

脚注編集

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注釈編集

出典編集

  1. ^ a b c d 酒井, p. 127.

参考文献編集

  • 酒井忠正 『日本相撲史 上巻』ベースボール・マガジン社、1956年6月1日。