メインメニューを開く

大会の流れ編集

  • 1881年から1967年まで、全米選手権は各部門が個別の名称を持ち、大会会場も別々のテニスクラブで開かれた。これが他の3つのテニス4大大会と大きく異なる点である。
    • 男子シングルス 名称:全米シングルス選手権(U.S. National Singles Championship)/会場:ニューヨーククイーンズ区フォレストヒルズ、ウエストサイド・テニスクラブ (1924年-1977年
    • 女子シングルス 名称:全米女子シングルス選手権(U.S. Women's National Singles Championship)/会場:フォレストヒルズ、ウエストサイド・テニスクラブ (1921年-1977年
    • 男子ダブルス 名称:全米ダブルス選手権(U.S. National Doubles Championship)/会場:フォレストヒルズ、ウエストサイド・テニスクラブ (会場移転、1942年-1945年まで)
    • 女子ダブルス 名称:全米女子ダブルス選手権(U.S. Women's National Doubles Championship)/会場:フォレストヒルズ、ウエストサイド・テニスクラブ (会場移転、1942年-1945年まで)
    • 混合ダブルス 名称:全米混合ダブルス選手権(U.S. Mixed Doubles Championship)/会場:フォレストヒルズ、ウエストサイド・テニスクラブ (会場移転、1942年-1977年
  • 1939年9月に勃発した第2次世界大戦の影響で、他のテニス競技大会は開催中止となったが、全米選手権だけは戦時中も途切れることなく続行された。ただし、戦時中は多くの選手たちが軍務に就いたことから、通常の年に比べて出場者が少ない。
  • 戦時中の全米選手権では、1941年までマサチューセッツ州ボストン市内の「ロングウッド・クリケット・クラブ」で行われてきたダブルス競技(男子ダブルス・女子ダブルス・混合ダブルス)も、シングルスと同じフォレストヒルズの試合会場で行われた。

シード選手編集

男子シングルス編集

(アメリカ人シード選手:8名)

  1.   テッド・シュローダー (初優勝)
  2.   フランク・パーカー (準優勝)
  3.   ガードナー・ムロイ (ベスト4)
  4.   ビル・タルバート (ベスト8)
  5.   シドニー・ウッド (3回戦)
  6.   シーモア・グリーンバーグ (ベスト8)
  7.   ハリス・エベレット (3回戦)
  8.   ジョージ・リチャーズ (ベスト8)

(外国人シード選手:3名)

  1.   パンチョ・セグラ (ベスト4)
  2.   ラディスラフ・ヘクト (3回戦)
  3.   アレホ・ラッセル (ベスト8)

女子シングルス編集

  1.   ルイーズ・ブラフ (準優勝)
  2.   ポーリーン・ベッツ (初優勝)

大会経過編集

男子シングルス編集

準々決勝

準決勝

女子シングルス編集

準々決勝

準決勝

決勝戦の結果編集

外部リンク編集

  • 全米オープンの歴史 (英語、全米オープンテニス公式サイト内)
  • 抽選表・シード選手:男子女子 (男子はGrand Slam Tennis Archive、女子はTennisForum.com提供スレッドによる)

参考文献編集

  • Roger M. Williams, “The U.S. Open: Game, Set, Unmatched”(全米オープン-ゲーム・セット・試合は続く) Time-Life Books, New York (1997) ISBN 0-7835-5260-2 各部門ごとの開催地について、本書の189ページを参照した。
  • Bud Collins, “Total Tennis: The Ultimate Tennis Encyclopedia” Sport Classic Books, Toronto (2003 Ed.) ISBN 0-9731443-4-3
先代:
1941年全米選手権 (テニス)
テニス4大大会
1942年
次代:
1943年全米選手権 (テニス)
先代:
1941年全米選手権 (テニス)
全米オープン
1942年
次代:
1943年全米選手権 (テニス)