トルナフタートあるいはトルナフテートINN:tolnaftate)は、チオカルバミン酸系の合成化合物である。抗真菌薬として使用されており、体表部に巣喰った白癬などの真菌感染症に対して、外用薬として用いる。なお、処方箋医薬品だけでなく、日本を含め多くの地域でOTCとして購入できる。

トルナフタート
IUPAC命名法による物質名
臨床データ
販売名 ハイアラージン®
Drugs.com monograph
MedlinePlus a682617
法的規制
  • OTC
識別
CAS番号
2398-96-1 チェック
ATCコード D01AE18 (WHO)
PubChem CID: 5510
DrugBank DB00525 チェック
ChemSpider 5309 チェック
UNII 06KB629TKV チェック
KEGG D00381  チェック
ChEMBL CHEMBL83668 チェック
化学的データ
化学式C19H17NOS
分子量307.41 g/mol
物理的データ
融点110 - 111.5 °C (230.0 - 232.7 °F)
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薬理 編集

トルナフタートは真菌の細胞の細胞膜構成成分であるエルゴステロールの生合成過程において、スクアレンエポキシダーゼを阻害して、下記のスクワレン・エポキシ化反応を阻害する [1]

アセチルCoA → ヒドロキシメチルグルタニル-CoA → メバロン酸スクワレン →(この段階を阻害)→ スクワレン-2,3-エポキシド → ラノステロール → 2,4-メチレンジヒドロラノステロール → 4,4-ジメチルエルゴスタ-8,14,24-トリエン-3β-オール → 4,4-ジメチルフェコステロール → フェコステロール英語版エピステロール英語版エルゴステロール

参考までに、エルゴステロールの生合成を妨害されて困るのは真菌であり、真菌と同じ真核生物であるヒトなどが細胞膜の安定化のために使用している分子はコレステロールなので、動物にトルナフタートを使用しても、選択毒性を発揮するため、抗真菌薬として使用できる。

他の外用抗真菌薬との比較 編集

外用薬として用いられる場合のある、他の抗真菌薬との作用点の違いを以下に列挙しておく。

例えばエルゴステロールの生合成の2箇所の過程を阻害するビホナゾールのような例外は有るものの [2]アゾール系抗真菌薬[注釈 1]、基本的に「2,4-メチレンジヒドロラノステロール → 4,4-ジメチルエルゴスタ-8,14,24-トリエン-3β-オール」の箇所で、この変換に関わる酵素を阻害して、真菌のエルゴステロールの生合成を妨害する [3] [注釈 2]

これらに対して、モルホリン系抗真菌薬[注釈 3]Δ14-ステロールレダクターゼΔ7-コレステノールΔ7-Δ8-イソメラーゼを阻害する。具体的には「4,4-ジメチルエルゴスタ-8,14,24-トリエン-3β-オール → 4,4-ジメチルフェコステロール」の変換に関わる酵素と、さらに「フェコステロール → エピステロール」の変換に関わる酵素に関わる酵素を阻害して、真菌のエルゴステロールの生合成を妨害する[3]

なお、アリルアミン系抗真菌薬ベンジルアミン系抗真菌薬[注釈 4]、トルナフタートやトルシクレートリラナフタートと言ったチオカルバメート系抗真菌薬と同様に、「スクワレン → スクワレン-2,3-エポキシド」の変換に関わる酵素を阻害して、真菌のエルゴステロールの生合成を妨害する[3]

製剤 編集

トルナフタートの剤形は、いずれも外用剤である。ただし、外用液剤、クリーム剤、軟膏剤、パウダー剤(粉末剤)、スプレー剤(エーロゾル剤・噴霧剤)など、多様な剤形が開発されてきた。これは、患部の状態に最適な剤形を選択しつつ[注釈 5]、可能な限り、患者の好みに適合する剤形を選択できるようにするためである[注釈 6]

歴史 編集

トルナフタートは1963年に合成された [4]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ アゾール系抗真菌薬は種類が多く、その化学構造の違いによって、イミダゾール系抗真菌薬トリアゾール系抗真菌薬とに細分される。イミダゾール系抗真菌薬には、イソコナゾールネチコナゾールなどが挙げられる。トリアゾール系抗真菌薬には、エフィナコナゾールイトラコナゾールなどが挙げられる。
  2. ^ ただし、ビホナゾールも他のアゾール系抗真菌薬と同様に、この「2,4-メチレンジヒドロラノステロール → 4,4-ジメチルエルゴスタ-8,14,24-トリエン-3β-オール」の過程も阻害する。
  3. ^ モルホリン系抗真菌薬としては、アモロルフィンが挙げられる。
  4. ^ アリルアミン系抗真菌薬としては、テルビナフィンが挙げられる。ベンジルアミン系抗真菌薬としては、ブテナフィンが挙げられる。
  5. ^ 外用薬に分類される薬剤であっても、それぞれの剤形によって、得意な患部の状態が異なる。例えば、軟膏剤は皮膚に対する刺激性が低い上に、病変部の皮膚を保護する作用も有した薬剤だが、一方で、頭髪の有る場所など多毛部には粘度が高いため、軟膏剤は非常に使い難い。その点、例えば、外用液剤であれば粘度が低いために多毛部にも使い易く、何よりも粘度が低いので、多毛部の皮膚にまで薬物を確実に付着させられる。一方で、外用液剤では軟膏剤のように病変部の皮膚を保護する能力に劣る。また、落屑や鱗屑の多い場合は、軟膏剤の方が向く。これらの例のように、剤形によって、得意な場所が異なる。
  6. ^ 例えば軟膏剤は、患部への刺激性が低いなどの利点も多い一方で、非常にベタ付くために、それを患者が嫌う場合もある。その点、例えばクリーム剤ならば、病変部の皮膚の保護能などでは劣るものの、ベタ付きは緩和される。患部の状態を見るに、クリーム剤であっても治療効果に問題が出ないと判断できた場合には、ベタ付きを嫌う患者に、ベタ付きの強い軟膏剤ではなく、ベタ付きの少ないクリーム剤という選択肢を提示する事も可能である。しかしながら、患部の状態によっては、ベタ付きを嫌う患者であっても、治療効果で考えて軟膏剤を提示する場合もある。また、皮膚への刺激が問題として出てきた場合には、軟膏剤の方が良い場合もある。

出典 編集

  1. ^ 土屋 友房(編集)『微生物学・感染症学』 pp.237-238
  2. ^ Berg D; Regel E; Harenberg HE; Plempel M (1984). “Bifonazole and clotrimazole. Their mode of action and the possible reason for the fungicidal behaviour of bifonazole”. Arzneimittel-Forschung 34 (2): 139 - 146. PMID 6372801. 
  3. ^ a b c 上野 芳夫・大村 智(監修), 田中 晴雄・土屋 友房(編集)『微生物薬品化学(改訂第4版)』 pp.236 - 239 南江堂 2003年4月15日発行 ISBN 4-524-40179-2
  4. ^ 上野 芳夫・大村 智(監修), 田中 晴雄・土屋 友房(編集)『微生物薬品化学(改訂第4版)』 p.239 南江堂 2003年4月15日発行 ISBN 4-524-40179-2