リップヴァンウィンクル (競走馬)

アイルランドの競走馬

リップヴァンウィンクルRip Van Winkle, 2006年2月12日 - 2020年8月2日)は、アイルランド産の競走馬。おもな勝ち鞍は2009年サセックスステークスクイーンエリザベス2世ステークス2010年インターナショナルステークス

リップヴァンウィンクル
スーザン・マグナーの勝負服
欧字表記 Rip Van Winkle
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2006年2月12日
死没 2020年8月2日(14歳没)
Galileo
Looking Back
母の父 Stravinsky
生国 アイルランドの旗 アイルランド
生産者 Roberto Brogi
馬主 Mrs. John Magnier
M. Tabor & D. Smith
調教師 Aidan Patrick O'Brienアイルランド
競走成績
生涯成績 14戦5勝
獲得賞金 1,201,333ポンド
WTR MI129(2009年)[1]
M125 - I126(2010年)[2]
テンプレートを表示

経歴 編集

デビュー前 編集

2007年イタリアのSGAイヤリングセールにて、17万ユーロクールモアの代理人に落札された。母はイタリアの競走馬で、血統的にもそれほど特徴はなく、この時点でリップヴァンウィンクルは特に目立つ存在ではなかった[3]。しかしアイルランドエイダン・オブライエン厩舎に入ると、調教で非常に良い動きを見せ、大きな期待をよせられるようになった[4]

2歳時 (2008年) 編集

競走内容 編集

6月カラ競馬場のメイドン(未勝利戦)でデビュー。メイドン、タイロスステークス (G3) とデビュー2連勝を飾り、2009年クラシック戦線の有力候補の一頭となる[5]。 続くデューハーストステークスでは1番人気を裏切って7着に敗れたものの、その素質は相変わらず高く評価されていた[6]

3歳時 (2009年) 編集

競走内容 編集

近年のエイダン・オブライエン厩舎の有力馬の例に漏れず、リップヴァンウィンクルは2000ギニーから始動することになった。2番人気で迎えた同レースでは、勝負所で前が詰まる不利もあり、シーザスターズから2馬身半差の4着に敗れた。ダービーでも、3番人気と引き続き上位人気になったが、またしてもシーザスターズの4着に終わる。続くエクリプスステークスでは、後方からシーザスターズをマークするような形で直線を迎え、外から並びかけたが、そこから差を縮めることができず2着。シーザスターズに対して3連敗を喫した。その後陣営は、マイル路線を進むことを決断し[7]サセックスステークスに出走した。レースでは、それまでのような後方からの競馬ではなく、3番手を追走する積極的な競馬を展開。4コーナーで先頭に並びかけると、直線で突き放し、パコボーイガナーティといったG1馬達を寄せ付けず快勝、G1初勝利を飾った。続くクイーンエリザベス2世ステークスでも、先行してしぶとく粘る競馬でG1を連勝した。勢いに乗ったリップヴァンウィンクルは、ブリーダーズカップ・クラシックに挑戦することになった。2番人気とアメリカでも高く評価されたリップヴァンウィンクルだったが、レースではスタートで出遅れ、その後2番手までポジションを押し上げるも3コーナーで早くも手ごたえが怪しくなり、いい所なく10着と大敗を喫した。

脚部不安 編集

2000ギニーに向けて調整が進められていた2月、リップヴァンウィンクルは、全ての脚が深刻な感染症に罹り[8]、それ以降、シーズンを通して脚部不安に悩まされることになった。それは特にレース直前に発生することが多く、2009年に出走した6レース中4レース[† 1]に、脚元にやや不安がある状態で出走することになった[9]。そんな状態にもかかわらず、サセックスステークスでは見事勝利を収めたが、やはり強行出走が祟ったのか、レース後には脚をかなり痛がり[10]、次走として予定していたムーラン・ド・ロンシャン賞を回避することになった。

4歳時 (2010年) 編集

競走内容 編集

休養を終えて6月15日クイーンアンステークスから始動したが、ゴルディコヴァの6着に敗れた。連覇をかけて挑んだサセックスステークスではキャンフォードクリフスのクビ差の2着だった。8月17日インターナショナルステークスでは1番人気に推され、レースではトゥワイスオーヴァーに半馬身差ながらも勝利を収めG1競走3勝目を挙げた。9月4日アイリッシュチャンピオンステークスでも1番人気に支持されたが、同厩舎ケープブランコの5馬身差の2着と完敗した。9月25日クイーンエリザベス2世ステークスでは2番手から早め抜け出しも、ゴール寸前にポエッツボイスにハナ差で差されて2着に惜敗した。その後はブリーダーズカップ・マイルに向けて調整されていたが、アクシデントで調整が間に合わないため、引退することになった。引退後は父ガリレオも繋養されているクールモアスタッドで種牡馬となる[11]

競走成績 編集

出走日 競馬場 競走名 頭数 人気 着順 騎手 斤量 距離(馬場) タイム 着差 1着(2着)馬
2008.06.27 カラ メイドンS 15 2人 1着 J.ムルタ 126lb 芝7f (GY) 1:27.50 繰上 (Tomas an Tsioda)
2008.07.24 レパーズタウン タイロスS G3 4 2人 1着 J.ムルタ 127lb 芝7f (GF) 1:30.70 1 1/4 (Cuis Ghaire)
2008.10.18 ニューマーケット デューハーストS G1 13 1人 7着 J.ムルタ 127lb 芝7f (Gd) 2 Intense Focus
2009.05.02 ニューマーケット 2000ギニー G1 15 2人 4着 J.ムルタ 126lb 芝8f (GF) 2 1/2 Sea the Stars
2009.06.06 エプソム ダービー G1 12 3人 4着 J.ムルタ 126lb 芝12f10y (Gd) 2 Sea the Stars
2009.07.04 サンダウン エクリプスS G1 10 3人 2着 J.フォーチュン 122lb 芝10f7y (Gd) 1 Sea the Stars
2009.07.29 グッドウッド サセックスS G1 8 1人 1着 J.ムルタ 125lb 芝8f (Gd) 1:37.16 2 1/2 (Paco Boy)
2009.09.26 アスコット クイーンエリザベス2世S G1 4 1人 1着 J.ムルタ 125lb 芝8f (GF) 1:38.82 1 1/4 (Zacinto)
2009.11.07 サンタアニタ BCクラシック G1 12 2人 10着 J.ムルタ 122lb AW10f (Fs) 17 Zenyatta
2010.06.15 アスコット クイーンアンS G1 10 3人 6着 J.ムルタ 126lb 芝8f (Gd) 7 3/4 Goldikova
2010.07.28 グッドウッド サセックスS G1 8 2人 2着 R.ムーア 133lb 芝8f (GF) Canford Cliffs
2010.08.17 ヨーク 英国際S G1 9 1人 1着 J.ムルタ 131lb 芝10f88y (Gd) 2:08.58 1/2 (Twice Over)
2010.09.04 レパーズタウン 愛チャンピオンS G1 6 1人 2着 J.ムルタ 133lb 芝10f (Gd) 5 1/2 Cape Blanco
2010.09.25 アスコット クイーンエリザベス2世S G1 8 2人 2着 J.ムルタ 129lb 芝8f (GS) Poet's Voice

※馬場状態: GF=Good to Firm, Gd=Good, GY=Good to Yeilding, GS=Good to Soft, Fs=Fast
※競走成績は2010年10月4日現在。

評価 編集

調教師のエイダン・オブライエンは"The most natural athlete we've ever had,"[12]とリップヴァンウィンクルを評した。また、クイーンエリザベス2世ステークスにおいて、ペースメーカーを起用しなかった理由について、「彼を先導するにはG1級のスプリンターが必要で、そのような馬を私は持っていなかった」という旨の発言をし[8]、リップヴァンウィンクルのスピード能力の高さを賞賛している。主戦騎手のジョニー・ムルタもリップヴァンウィンクルを非常に気に入っており、2000ギニーにおいて、すでにG1を2勝していたマスタークラフツマンではなく、その時点でそれほど実績を残していなかったリップヴァンウィンクルを選び、またダービーにおいても、当時4戦4勝で、ダービー最有力候補と目されていたフェイムアンドグローリーを差し置いてリップヴァンウィンクルに騎乗することを選択している[† 2]

種牡馬時代 編集

2011年からアイルランドのクールモアスタッドで供用される。初年度の種付け料は20000ユーロ。2014年に産駒がデビュー。デビュー年からG1馬を送り出す。2020年8月2日、繋養先であるニュージーランドのウィンザーパークスタッドで死亡した[13]

主な産駒 編集

2012年産
2014年産
2016年産

血統表 編集

リップヴァンウィンクル血統(サドラーズウェルズ系 Northen Dancer 3×4・5=21.88% Special 4×4=12.5% Mr. Prospector 4×5=9.38%) (血統表の出典)

Galileo
1998 鹿毛
父の父
Sadler's Wells
1981 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Fairy Bridge Bold Reason
Special
父の母
Urban Sea
1989 栗毛
Miswaki Mr. Prospector
Hopespringseternal
Allegretta Lombard
Anatevka

Looking Back
2001 鹿毛
ストラヴィンスキー
*Stravinsky
1996 鹿毛
Nureyev Northern Dancer
Special
Fire the Groom Blushing Groom
Prospector's Fire
母の母
Mustique Dream
1995 鹿毛
Don't Forget Me Ahonoora
African Doll
Jamaican Punch Shareef Dancer
House Tie F-No.10-c

血統背景 編集

  • 母 Looking Back はイタリアで競走生活を送り、ジーノマントヴァニ賞 (LR) 2着などの実績がある[14]
  • Sadler's Wells と Nureyev の3/4同血クロスが発生している。

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 2000ギニー、エクリプスステークス、サセックスステークス、ブリーダーズカップ・クラシックの4レース。
  2. ^ マスタークラフツマンもフェイムアンドグローリーもエイダン・オブライエン厩舎所属であり、厩舎の主戦騎手であるムルタはそれら2頭の主戦騎手でもあった。

出典 編集

  1. ^ The 2009 World Thoroughbred Rankings”. IFHA. 2023年5月6日閲覧。
  2. ^ The 2010 World Thoroughbred Rankings”. IFHA. 2023年5月6日閲覧。
  3. ^ Rip Van Winkle: Galileo colt justifies faith” (英語). RACING POST.com. 2010年5月9日閲覧。
  4. ^ 『優駿』2009年5月号、117頁。
  5. ^ New Guineas favourite as Mastercraftsman flops” (英語). RACING POST.com. 2010年5月9日閲覧。
  6. ^ netkeibaコラム 世界の競馬”. netkeiba.com. 2010年5月9日閲覧。
  7. ^ Rip Van Winkle set for drop to mile in sussex” (英語). RACING POST.com. 2010年5月9日閲覧。
  8. ^ a b Tough guy Rip Van Winkle finds his feet” (英語). Times Online. 2010年5月9日閲覧。
  9. ^ Rip Van Winkle fighting another foot injury” (英語). BloodHorse.com. 2010年5月9日閲覧。
  10. ^ Rip Van Winkle 'sore' after Sussex success” (英語). RACING POST.com. 2010年5月9日閲覧。
  11. ^ Coolmore's Rip Van Winkle to begin stud career at four” (英語). BBC SPORT. 2010年10月22日閲覧。
  12. ^ Upbeat O'Brien delighted with Rip Van Winkle” (英語). RACING POST.com. 2010年5月9日閲覧。
  13. ^ 【海外競馬】種牡馬リップヴァンウィンクルが死亡、14歳 現役時代は英G1・3勝”. netkeiba.com (2020年8月2日). 2020年8月5日閲覧。
  14. ^ Horse Looking Back” (英語). RACING POST.com. 2010年5月9日閲覧。

参考文献 編集

外部リンク 編集