鬼車(きしゃ、Kueiche)は、中国に伝わる怪鳥。

東晋の小説集『捜神記』には「羽衣女」として、以下のように記述されている。江西省のある男が、数人の女を見つけた。1人の女の脱ぎ捨てた毛の衣があったので、男がそれを隠して女たちに近寄ると、女たちは鳥となって飛び去ったが、毛衣を隠された1人だけは逃げられなかった。男は彼女を妻とし、後に子供をもうけた。後に女が隠されていた毛衣を見つけ、鳥となって飛び去り、さらに後に別の衣を持って子供たちを迎えに来て、皆で鳥となって飛び去った[1]西晋代の書『玄中記』によれば、この羽衣女が後に「鬼車」と呼ばれるようになったという[2]

太平御覧』には、の国(現・山東省)に頭を9つ持つ赤い鳥がおり、カモに似て、9つの頭が皆鳴くとある[3]

代の『嶺表録異』によれば、鬼車は9つの頭を持つ鳥で、嶺外(中国南部から北ベトナム北部かけて)に多くいるもので、人家に入り込んで人間のを奪う。あるときに9の頭のうちの一つを犬に噛まれたため、常にその首から血を滴らせており、その血を浴びた家は不幸に苛まれるという[3]

正字通』では「鶬虞(そうぐ)」の名で記述されている。「九頭鳥(きゅうとうちょう)」ともいい、ミミズクの一種である鵂鶹(きゅうりゅう)に似たもので、大型のものでは1丈あまり(約3メートル)の翼を持ち、昼にはものが見えないが、夜には見え、火の光を見ると目がくらんで墜落してしまうという[3]

南宋代の書『斉東野語』では、鬼車は10個の頭のうちの一つを犬に噛み切られ、人家に血を滴らせて害をなすという。そのために鬼車の鳴き声を聞いた者は、家の灯りを消し、犬をけしかけて吠えさせることで追い払ったという[3]

また、鬼車とはまったく別の伝説として、人の子供を奪って養子にするといわれる神女「女岐(じょき)」がある。『楚辞』には「女岐は夫もいないのになぜ9人もの子供がいるのか」とあり、この言い伝えが前述の『捜神記』での鬼車と子供にまつわる話と習合し、さらに「九子」が「九首」と誤って伝えられたことから、鬼車が9つの頭を持つ鳥として伝えられたものと見られている[3]

前述の『玄中記』では、これらの鬼車、羽衣女、女岐の伝承を統合した形で「姑獲鳥(こかくちょう)」という鬼神として記載されているため[3][2]、書籍によっては鬼車が姑獲鳥の別名とされていることもある[4][5]。頭の1つは犬に噛まれたのではなく、王朝の宰相・周公旦の庭師に撃ち落されたという説もある[5]

脚注 編集

  1. ^ 干宝竹田晃訳捜神記平凡社東洋文庫〉、1979年、270頁。ISBN 978-4-582-80010-4 
  2. ^ a b 郭氏 著「玄中記」、竹田晃、黒田真美子 編『中国古典小説選』 2巻、明治書院、2006年、301-303頁。ISBN 978-4-625-66343-7 
  3. ^ a b c d e f 多田克己『百鬼解読』講談社講談社文庫〉、2006年、29-33頁。ISBN 978-4-06-275484-2 
  4. ^ 草野巧『幻想動物事典』新紀元社、1997年、100頁。ISBN 978-4-88317-283-2 
  5. ^ a b 山北篤、佐藤俊之監修『悪魔事典』新紀元社〈Truth In Fantasy〉、2000年、108-109頁。ISBN 978-4-88317-353-2