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お鯉 (芸妓)

晩年(『アサヒグラフ』 1947年11月5日号)

お鯉(おこい、1880年12月8日 - 1948年8月14日)は、芸妓から、のちに政治家桂太郎の愛妾になり、晩年に尼僧になった女性。

人物編集

本名は小久江(のち安藤)照。14歳で花柳界に入る。のち市村羽左衛門と結婚したが、間もなく離婚して花柳界に戻った。山縣有朋の紹介で桂太郎の愛妾となり、病気がちな本妻に代わって桂の世話をした。日比谷焼討事件では「桂とともにお鯉を殺せ」の声が上がった。桂の死後は待合やカフェを経営。その後ある事件に巻き込まれ(小山松吉を参照)、偽証罪で起訴され有罪となる。事件後頭山満の薦めにより出家し「妙照尼」を名乗り、目黒にある羅漢寺の尼僧になった。1948年死去。

参考文献編集