アジアの嵐』(あじあのあらし、ロシア語: Потомок Чингисхана英語: Storm over Asia英語: Potomok Chingiz-Khana)は、1928年に 製作されたソビエト連邦のプロパガンダの劇映画。 フセヴォロド・プドフキン監督の『』(1926年)、『聖ペテルブルクの最後』(1927年)に続く「革命三部作」の第3作目である。[1]

アジアの嵐
Потомок Чингис-Хана
監督 フセヴォロド・プドフキン
脚本 O・ブリック
出演者 ワレリ・インキジノフ
撮影 アナトリー・スマット
製作会社 メシュラブポムフィルム(Межрабпомфильм)
公開 ソビエト連邦の旗 1929年11月10日
日本の旗1930年10月31日
上映時間 90分
製作国 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
言語 無声
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本編映像

30年度キネマ旬報ベストテン2位。

キャスト 編集

  • バイール - 猟師だが実はチンギス・カンの末裔:ワレリ・インキジノフ英語版
  • 司令官ペトロフ - イギリス軍人 :L・テディンツェフ
  • パルティザンの隊長 :アンドレイ・チスチャコフ
  • ヘンリー・ヒューズ - 毛皮商人 :ヴィクトル・ツォッピ)
  • ラマ僧:F.イワノフ
  • イギリス人宣教師:V.プロ
  • イギリス軍人・パイプスモーカー:ボリス・バーネット
  • イギリスの兵士:カール・グルニアック
  • バイールの父親:イワン・インキジノフ
  • ペトロフの妻:L・ビリンスカヤ
  • ペトロフの娘:アネル・スダケビッチ

スタッフ 編集

エピソード 編集

「宗教は阿片なり」というマルクス主義の定義に従って、ラマ僧はろくでもない連中として描かれている。

主役を演じたワレリ・インキジノフはシベリア出身の蒙古族の俳優であり、1930年にフランスに亡命し、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の映画「モンパルナスの灯」などに出演した。 [2]

受賞 編集

  • 1952年のベルギー世界映画・美術博覧会におけるベルギー王立シネマテーク主催の映画史上のベストテン映画選出で14位となった。

公開 編集

作品は1928年に完成。1949年にモスフィルムによりトーキー版が完成して1950年に公開。 1964年に新版が完成。

脚注 編集

  1. ^ kinenote.
  2. ^ 佐藤忠男『映画史上ベスト200シリーズ・ヨーロッパ映画200』、キネマ旬報社刊、1990年6月30日発行(66-67ページ)

外部リンク 編集