アレクサンダー・エドラー・フォン・ダニエルス

アレクサンダー・エドラー・フォン・ダニエルス(Alexander Edler von Daniels 1891年3月17日-1960年1月6日)は、ドイツの軍人。ドイツ国防軍陸軍中将として第二次世界大戦中のスターリングラード攻防戦に参加し、降伏後はドイツ将校同盟の創設に携わった。

アレクサンダー・エドラー・フォン・ダニエルス
Alexander Edler von Daniels
生誕 1891年3月17日
ドイツの旗 ドイツ帝国
プロイセン王国の旗 プロイセン王国
ライン属州英語版
トリーア
死没 1960年1月6日
西ドイツの旗 ドイツ連邦共和国
ノルトライン=ヴェストファーレン州の旗 ノルトライン=ヴェストファーレン州
ビーレフェルト
所属組織 ドイツ帝国陸軍(プロイセン陸軍)
ヴァイマル共和国軍
ドイツ国防軍陸軍
軍歴 1913年-1919年(帝国軍)
1919年-1935年(共和国軍)
1935年-1943年(国防軍)
最終階級 中将
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経歴 編集

ダニエルスは1910年3月1日中尉として第143アルザス第4歩兵連隊(4. Unter-Elsässische Infanterie-Regiment Nr. 143)に配属され、1913年10月1日から第1大隊の副官に就任している。第一次世界大戦では東部戦線に従軍した。戦争が長引く中、1915年9月9日から10月15日まで中隊長を務めた。その後は法務将校(Gerichtsoffizier)として勤務し、1916年4月30日から終戦まで連隊副官を務めた。第一次世界大戦中に、ダニエルスは二級鉄十字章一級鉄十字章ホーエンツォレルン家勲章剣付騎士十字章等を受章した[1]

復員後、彼は1919年初頭から2月末まで、かつて率いた機関銃中隊の将兵と共にフライコールの1つであるリヒトシュラーク義勇軍(Freikorps Lichtschlag)に参加し、義勇軍副官を務めた。

1919年9月15日、彼はヴァイマル共和国軍第14歩兵連隊(Reichswehr-Infanterie-Regiment 14)に配属され、1920年末まで同連隊に勤務する。1921年から1933年4月頃まで第18歩兵連隊(18. Infanterie-Regiment)に所属した。第12中隊長を務めたほか、1931年5月からはパーダーボルンの連隊本部などで勤務した。その後、ドレスデン歩兵学校(Infanterieschule Dresden)で1933年4月から1934年1月まで教官として勤務した後、1934年2月には第1歩兵連隊(Infanterie-Regiments 1)第2大隊で大隊長に任命される。しかし同年9月にはその職を退く。1934年10月1日、ケーニヒスベルク歩兵連隊(Infanterie-Regiment Königsberg)の訓練大隊(Ausbildungs-Bataillons)の大隊長に任命され、1935年10月中旬頃まで務めた。1935年10月15日から1938年9月末まで第9機関銃大隊の大隊長を務め、この間に情報将校教育を完了している。1938年10月からは第18歩兵連隊の参謀となり、1938年11月24日から連隊長となる。

第二次世界大戦の勃発と共にフランス侵攻が始まると、ダニエルスの連隊は第6歩兵師団に予備戦力として配置された。1940年春からは連隊を率いて西部戦線に参加し、その後は占領軍として駐屯した。1940年12月10日、第239歩兵連隊(Infanterie-Regiments 239)の連隊長に任命される。同連隊は第106歩兵師団の一部として東部戦線に展開し、ビアウィストックスモレンスクヴャジマと移動し、モスクワを目指した。1942年3月6日には一時的に予備司令官となる。1942年4月1日、第376歩兵師団長に任命される。1942年6月から師団はドン軍集団に配置され、1942年8月にはブラウ作戦に参加した。その後、スターリングラード攻防戦を通じて師団は壊滅し、ダニエルスと連隊の残存部隊は1943年1月31日に第6軍司令部と共に降伏した。

捕虜となった後、自由ドイツ国民委員会のメンバーとなり[2]、副官だったハンス=ギュンター・ヴァン・ホーヴェン(Hans Günther van Hoove)大佐と共に行政委員会(Presidium)の委員となった[3]。彼はまた、ドイツ将校同盟の創設メンバーでもあった。これを察知したドイツ国防軍最高司令部では、1944年12月23日に彼の軍籍を抹消している。また彼の弟、ヘルベルト・フォン・ダニエルスドイツ語版武装親衛隊隊員だったが、この「恥」を雪ぐために執行猶予大隊の一員として前線へと送られた。

受章 編集

参考文献 編集

  • Dermot Bradley: Die Generale des Heeres 1921–1945 Band 3: Dahlmann-Fitzlaff, Biblio Verlag, Osnabrück 1994, ISBN 3-7648-2424-7, S. 18–19
  • Wolfgang Keilig: Die Generale des Heeres 1939–1945. Podzun-Pallas-Verlag, Friedberg 1983, ISBN 3-7909-0202-0, S. 64
  • Franz Thomas, Günter Wegmann: Die Ritterkreuzträger der Deutschen Wehrmacht 1939–1945,Biblio-Verlag 2000, ISBN 978-3764811532

脚注 編集

  1. ^ Rangliste des Deutschen Reichsheeres, Hrsg.: Reichswehrministerium, Mittler & Sohn Verlag, Berlin 1930, S.134
  2. ^ Heike Bungert, Das Nationalkomitee und der Westen
  3. ^ Rolf-Dieter von Müller, Hans Erich Volkmann, Die Wehrmacht, Militärgeschichtliches Forschungsamt, 614
  4. ^ a b Veit Scherzer: Die Ritterkreuzträger 1939-1945 Die Inhaber des Eisernen Kreuzes von Heer, Luftwaffe, Kriegsmarine, Waffen-SS, Volkssturm sowie mit Deutschland verbündete Streitkräfte nach den Unterlagen des Bundesarchivs , Scherzers Militaer-Verlag, Ranis/Jena 2007, ISBN 978-3-938845-17-2, S. 266