アントン・パウリク(Anton Paulik, 1901年5月24日 - 1975年4月23日[1]は、オーストリア出身の指揮者

オーストリア=ハンガリー帝国プレスブルクの生まれ。 当初は薬学を修めるも、音楽への情熱止みがたく、ブダペストウィーンで音楽を学び直し、1921年から1938年までアン・デア・ウィーン劇場の指揮者を務めた。1924年には、エメリヒ・カールマンのオペレッタ《伯爵夫人マリッツァ》の初演を指揮している。 1939年から亡くなるまでウィーン・フォルクスオーパーのカペルマイスターを務めた。1946年にはブレゲンツ音楽祭を創設し、数々の湖上オペレッタの上演を指揮した(近年はオペレッタはあまり上演されなくなっている)。 1958年にはオーストリア共和国功労勲章、1971年には科学と芸術のための名誉十字勲章を受勲している。[2]

ウィーンにて没。

脚注編集