イラク語

タンザニアで話されている言語

イラク語は、タンザニアアルーシャ州マニャラ州で話されているクシ語派の言語である。イラク族が近隣の民族を同化しているため、その使用人口は拡大しつつある。特に詩的な言い回しにおいて、この言語にはダトーガ語(en:Datooga_language)からの借用語が多くある。南のガロワ語en:Gorowa language)とは多くの類似点を共有しており、しばしば方言であるとされる。

イラク語
Kángw Iraqw
話される国 タンザニア
地域 アルーシャ州
民族 イラク族
話者数 460,000 (2001)
言語系統
アフロ・アジア語族
  • クシ語派
    • 南クシ語派
      • Rift
        • West Rift
          • NW Rift
            • Iraqwoid
              • イラク語
言語コード
ISO 639-3 irk
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音韻論 編集

母音 編集

Whiteley (1958) はイラク語に以下の母音音素を挙げる。/ə/ を除く全ての母音には短いものと長いものとがある。

イラク語の母音音素
前舌 中舌 後舌
i u
中央 e ə o
a

子音 編集

Whiteley (1958) は以下の子音を挙げる。

イラク語の子音音素
  両唇 唇歯 歯茎 歯茎
硬口蓋
硬口蓋 軟口蓋 口蓋垂
喉頭蓋
咽頭 声門
破裂音 [p] [b]     [t] [d]         [k] [ɡ] [q]   [ʕ] 〈/〉   [ʔ] 〈'〉  
鼻音 [m]         [n]         [ŋ] 〈ng〉        
ふるえ音         [r]                        
摩擦音     [f]   [s] [ɬ] 〈sl〉 [ʃ] 〈sh〉       [x]       [ħ] 〈hh〉   [h]  
破擦音         [ts] [tɬ] 〈tl〉 [tʃ] 〈ch〉                      
接近音         [l]     [j] 〈y〉 [w]            

ルター派およびカトリックの資料で用いられる、イラク語の一般的な正書法では、[ɬ] は〈sl〉と綴られ、[ʕ]は〈/〉と綴られる(Mous 1993:16)。

形態論 編集

名詞の形態論 編集

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イラク語の名詞には3つの性がある: 男性、女性、中性である。名詞の性は文の他の諸要素を誘因とする一致の型から推測できるが、しかし一致の体系は独特で、以下の原則に従う(Mous 1993:41):

  • 男性名詞は動詞に男性形を要求する。
  • 女性名詞は動詞に女性形を要求する。
  • 中性名詞は動詞に複数形を要求する。

動詞の男性形・女性形・複数形は、主語が次の代名詞であるときに動詞が取る形によって識別される:

  • (a)三人称男性単数(「彼」)
  • (b)三人称女性単数(「彼女」)
  • (c)三人称複数(「彼ら」)
動詞の男性形
Daaqay i giilín i giilín
少年たち(男性) 単数.三人称 戦う:三人称.単数.男性 単数.三人称 戦う:三人称.単数.男性
「少年たちは戦っている」 「彼は戦っている」
動詞の女性形
Hhayse i harweeriiríin i harweeriiríin
尾(女性) 単数.三人称 作る:輪を:三人称.単数.女性 単数.三人称 作る:輪を:三人称.単数.女性
「尾(複数)は輪を作っている」 「彼女は輪を作っている」
動詞の中性形
Hhayso i harweeriiríná' i harweeriiríná'
尾(中性) 単数.三人称 作る:輪を:三人称.単数.複数 単数.三人称 作る:輪を:三人称.単数.複数)
「尾(単数)は輪を作っている」 「彼らは輪を作っている」

注意すべきいくつかの独特のものがある。一つは、「尾」が単数では中性であり複数では女性であるという点である; しかしながら、動詞の複数形は「尾」が中性のときから使われ、中性名詞には動詞の複数形が使われる。もう一つは動詞はその主語と数においては一致しないことであり、したがって男性複数「daaqay」(少年たち)は、動詞の複数形ではなく、動詞の男性形を取る。

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名詞には一般的に異なった単数形と複数形があるが、多くの異なった複数を表す接尾辞がある。Mous(1993:44)は、14の異なった複数を表わす接尾辞があると報告している。名詞の語彙記載項は、その語が取る複数を表わす接尾辞を指定しなければならない。

複数名詞の性は通常、それに対応する単数名詞の性とは異なる。以下の単数および複数の名詞の比較変化表を、性とともに示す:

単数形 単数形の性 複数形 複数形の性 意味
awu awe 雄牛
bila' bil'aawe
nyaqot nyaqootma' コロブス
hhampa hhampeeri
tlanka tlankadu
lama lameemo
hlanú hlaneemo ニシキヘビ
xweera xweer(a)du

名詞の性またはどの複数を表す接尾辞を取るか予測できないとき、複数を表す接尾辞の形態が複数名詞の性を決定する。たとえば、接尾辞 /-eemo/ を伴う全ての複数の名詞は中性である(Mous 1993:58)。

構成格接尾辞と性繋辞 編集

名詞の性は、名詞に用いられる構成格接尾辞(construct case suffix)と性繋辞(gender linker)を予測するために重要である。 名詞の後に

  • 形容詞
  • 所有格の名詞句
  • 数詞
  • 関係節
  • 動詞

が直接続くとき、構成格接尾辞は名詞の後に表れねばならない。構成格接尾辞は男性名詞には /-ú/ または /-kú/ であり、女性名詞には /-Hr/ または /-tá/ であり、中性名詞には /-á/ である(Mous 1993:95-96):

hhart-á baabú-'ee'
棒-構成格接尾辞:中性 父-一人称単数所有格
'私の父の棒'
waahlá-r ur
ニシキヘビ-構成格接尾辞:女性 大きな
'大きなニシキヘビ'
an-á hiim-ú urúux
一・単-単数:一人称/二人称 縄-構成格接尾辞:男性 引く:一人称単数
'私は縄を引く'

性繋辞は構成格接尾辞と類似しているが、名詞と他の接尾辞 (たとえば指示、不定、所有の接尾辞)の間に表れる。以下の例は「彼ら」を表す所有と指示の接尾辞「-qá'」 「それ(遠いが見える)」の前で、男性名詞、女性名詞、中性名詞を示す(Mous 1993:90-92)。

男性 女性 中性
mura'「胃」 hasam「板挟み」 hhafeeto「マット(複数)」
muru-'ín「彼らの胃」 hasam-ar-'ín「彼らの板挟み」 hhafeeto-'ín
胃:男性-三人称複数所有格 板挟み-女性-三人称複数所有格 マット(複数):中性-三人称複数所有格
muru-qá'「その胃」 hasam-ar-qá'「その板挟み」 hhafeeto-qá'「それらのマット」
胃:男性-その 板挟み-女性-その マット(複数):中性-その

構文論 編集

名詞句 編集

名詞句においては名詞が先頭になり、所有者、形容詞、数詞、関係節に先立つ。先に形態論の節で述べたように、構成格接尾辞と呼ばれる要素は名詞とこれらの修飾語の間に表れる:


hhart-á baabú-'ee'
棒-構成格接尾辞:中性 父-一人称単数所有格
'私の父の棒'
waahlá-r ur
ニシキヘビ-構成格接尾辞:女性 大きな
'大きなニシキヘビ'

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イラク語の文は最後に動詞が現れ、助動詞的要素は「セレクタ」と呼ばれる。文の主語や目的語はセレクタに先行することがあり(Mous 2004:110)、セレクタは先行する名詞に一致する。すなわち下の最初の例において、「iri」は「/ameenirdá'」(その女の人)と一致を示し、二つ目の例において「uná」は「gitladá'」(その男の人)と一致を示す。

/ameeni-r-dá' i-ri tsuwa fa/ar /agagiin.
女の人-女性-その 三人称-叙述:過去 ~へ.きっと 食べ物:女性:構成格接尾辞 食べる:未完了:三人称単数
「そしてその女の人はきっと食べていた。」
('aníng) gitla-dá' 'u-na aahhiit
男の人-その 目的語:男性-過去 嫌う:一人称単数
「私はその男の人が嫌いだ」

参考文献 編集

  • Ethnologue entry for Iraqw
  • Mous, Maarten. 1993. A grammar of Iraqw. Hamburg: Buske.
  • Mous, Maarten, Martha Qorro, Roland Kießling. 2002. Iraqw-English Dictionary. With an English and a Thesaurus Index. Cushitic Language Studies Volume 18.
  • Whiteley, W.H. 1958. A short description of item categories in Iraqw. Kampala:East African Institute of Social Research.

外部リンク 編集