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エマーヌエール・ラスカー

エマーヌエール・ラスカー(Emanuel Lasker, 1868年12月24日 - 1941年1月11日)はユダヤ系ドイツ人数学者チェスプレーヤーブランデンブルク州英語版ベルリーンヒェン(現ポーランド西ポモージェ県バルリネクドイツ語版)に生まれた。

エマーヌエール・ラスカー
Bundesarchiv Bild 102-14194, Emanuel Lasker.jpg
フルネーム エマーヌエール・ラスカー
ドイツの旗 ドイツ
生誕 1868年12月24日
プロイセン王国の旗 プロイセン王国 ブランデンブルク州英語版ベルリーンヒェンドイツ語版
死没 (1941-01-11) 1941年1月11日(72歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
タイトル 第2代公式世界チャンピオン
世界選手権 1894年 - 1921年

哲学数学を学んだ。国際チェス競技で九回優勝した後、1894年選手権を獲得したが、1921年キューバホセ・カパブランカに敗れた。

ナチス政権下のユダヤ人迫害を受けて1933年イギリスに、1935年にはソ連のモスクワに、1937年にはアメリカのニューヨークに移住し、同地で没した。

目次

逸話編集

ラスカーは心理学の要素をチェスに持ち込み、対戦相手のスタイルを綿密に研究した上で試合に挑んだ[1]。チェスは偶然の要素がほとんどないゲームだが、ラスカーは人間同士のチェスにおいては心理状態が重要な要素となることを心得ていた[2]。彼は序盤戦の準備にはあまり意味を認めていなかったが[1]、これはわざと劣勢な序盤戦を展開することで、相手の裏をかく狙いがあったためであるとも言われている[2]。 そのため、彼は不利な局面からでも目一杯の頑張りを見せ、最後まで決して諦めないチェスを指したと評価されている。

チェスの原理からベルクソンに近い生の哲学を導来し、また政治的問題をも、チェスの考え方によって解決してみようと試みた。

兄はエルゼ・ラスカー=シューラーと結婚したこともある。

コメント編集

  • "チェスは、この地球上に限定されたゲームであるが、囲碁はもっと宇宙的だ。もし、地球外に文明があって、その住民が我々と同じようなゲームをしているとしたならば、まちがいなくそれは囲碁であろう。"
  • "Chess is a game restricted to this world, go has something extraterrestrial. If ever we find an extraterrestrial civilisation that plays a game that we also play, it will be go, without any doubt."
  • "The acquisition of harmonious education is comparable to the production and the elevation of an organism harmoniously built. The one is fed by blood, the other one by the spirit; but Life, equally mysterious, creative, powerful, flows through either." — Manual of Chess

著作編集

文献案内編集

脚注編集

  1. ^ a b Рохлин, Яков Герасимович 「第I部(3) 歴代世界チャンピオン」『楽しいチェス読本(原題 Книга о шахматах)』 日本チェス協会訳、ベースボール・マガジン社1977年10月25日(原著1975年)、第1版、22頁(日本語)。全国書誌番号:77028261
  2. ^ a b Davis, Morton.D 「第2章 完全情報・有限・2人・ゼロ和ゲーム」『ゲームの理論入門 チェスから核戦略まで』 桐谷維、森克美訳、講談社ブルーバックス〉、1973年9月30日(原著1970年)、第46刷、38頁(日本語)。ISBN 4-06-117817-2

関連項目編集

外部リンク編集