エンニアチン(enniatin)は、フザリウムの菌株の一部が産生する、類似の化学構造を有した有機化合物群である。天然では、環状のデプシペプチドの混合物として現れる。主な物としては、エンニアチンA、A1、B、B1が挙げられるものの、少量ながらC、D、E、Fも存在する。

構造と機能

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エンニアチンAの構造。環には、3箇所のアミド結合だけでなく、3箇所のエステル結合も含まれている。そして、エステル結合の酸素が、環内に規則的な間隔で配置されている。

エンニアチンは、しばしば環状ペプチドだと説明されるものの、何種類かのアミノ酸がアミド結合だけで環を形成しているわけではなく、エステル結合も環を形成するために使われている[注釈 1]。このような構造を有するエンニアチンは、アンモニウムと結合するイオノフォアとして作用する[1]。このような性質を有するため、特定のアンモニウム電極で、ノナクチンの代替になり得るのではないかと提案されている。また、エンニアチンには抗HIV活性が有るのではないかとも言われている。

イオノフォア抗生物質としての性質

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エンニアチン類は、微生物が生合成する化合物群である。例えば、エンニアチンAはFusarium orthoceras var. enniatinumと呼ばれる菌株が産生する[2]。エンニアチンBはFusarium ETH 4363と呼ばれる菌株が産生する[2]。そして、これらの化合物は、抗酸菌やグラム陽性菌に対して、発育阻止作用が認められる[2]。すなわち、エンニアチンAやエンニアチンBなどは、抗生物質である[注釈 2]。なお、天然に産生する微生物が存在する抗生物質の中でも、イオノフォア抗生物質英語: ionophore antibiotics)に分類される化合物の1つであり、特定の金属イオンに対して、選択的にキレートする事により、細胞膜におけるイオンの運搬に影響を与える[3][注釈 3]。イオノフォア抗生物質は、その化学構造により、どの金属イオンと結合し易いかが異なる[3]。エンニアチンの場合には、水溶液中でナトリウムイオンよりも、カリウムイオンと選択的に結合する[3]。参考までに、ノナクチンと同様にイオノフォア抗生物質として抗菌力を有し、かつ、カリウムイオンと比較的キレートを形成し易い化合物としては、例えば、バリノマイシン、ノナクチン、ニゲリシンなどが知られる[3]

関連項目

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脚注

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注釈

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  1. ^ ペプチドを説明する場合には、化学的にはアミド結合と言われる結合様式を、ペプチド結合と呼ぶ場合が有る。ただし、本稿では単純なペプチドではない点を理解し易いように、敢えて、化学的に一般化した結合の呼称を用いた。アミンの状態の窒素とは異なり、アミド結合の窒素には、極性が比較的低く、ほとんど塩基性が無い点に注意されたい。詳しくは、アミド結合の記事を参照。一方で、エステル結合の酸素の場合には、極性が比較的強く残る。詳しくは、エステル結合の記事環状エステルの記事を参照。
  2. ^ 天然物を化学修飾した半合成品も含めて、人工合成された抗菌活性を有する化合物は、本来の意味の抗生物質ではない。それらは、抗菌薬に分類される。本来の抗生物質とは、生物が生合成する化合物で、抗菌活性を有した化合物に限られる。
  3. ^ 細胞膜は、細菌だけでなく、ヒトも含めた動物も有しているため、一般に細胞膜に影響を与える化合物は、抗菌薬としての選択毒性は低い。つまり、もし動物に投与すれば、細菌だけでなく、動物にも打撃を与え易い。

出典

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  1. ^ Ovchinnikov, Yu. A.; Ivanov, V. T.; Evstratov, A. V.; Mikhaleva, I. I.; Bystrov, V. F.; Portnova, S. L.; Balashova, T. A.; Meshcheryakova, E. N.; Tul'chinskii, V. M. (1974). “Enniatin ionophores. Conformation and ion binding properties”. International Journal of Peptide & Protein Research 6 (6): 465–498. 
  2. ^ a b c 田中 信男・中村 昭四郎 『抗生物質大要―化学と生物活性(第3版増補)』 p.52 東京大学出版会 1984年10月25日発行 ISBN 4-13-062020-7
  3. ^ a b c d 田中 信男・中村 昭四郎 『抗生物質大要―化学と生物活性(第3版増補)』 p.239 東京大学出版会 1984年10月25日発行 ISBN 4-13-062020-7